プレゼン研究室

第一章 隣りのCMプランナー                          6)「愛が冷めた理由」

6)「愛が冷めた理由」(グラフィック・デザイナーのK美さんへ)

 若い友人から「バツイチの原因となった、ささいな出来事」の話を聞いた。
 彼はシングルに戻ってまだ三ヵ月。言葉の端々に「こいつ、まだ惚れてるな」と思わせるものがあった。

 さて、彼の場合は「ぬいぐるみ」だという。奥さんが仕事を持っているので、家事は分担。洗濯もする。なかなか優しい奴なのだ。その日は、妻の帰りが遅かった。洗濯を始めようとしたのだが、洗う物が少ない。何かないかと見回すと、薄汚れたぬいぐるみがあった。妻が中学生の頃から、ずっと持っているというものである。きれいになったぬいぐるみを見て喜ぶ顔を思い浮かべながら、彼は洗濯機のスイッチを入れた。

 しばらくして、妻が帰ってきた。リビングでコーヒーを飲んでいた彼の耳に、悲鳴が聞こえた。駆けつけると、妻は乾燥機を見つめて呆然と立ち尽くしていた。
「あなたって、何てことをする人なの……」
 彼はバンザイのポーズで体を揺すりながら、「こんなになりながら、グルグル回ってるクマちゃんを、涙いっぱいためて見てたんですよ」と言った。
「涙いっぱいためて……」というときの彼の表情は、好きな女のことを話すときのそれだった。自分のしたことは悪いことだったと思っているようだ。ぬいぐるみを乾燥機に入れたことではなくて、彼女が悲しむ事をしてしまったことが、である。

 K美さんは、いちおう女だから、……もとい! K美さんは女性だから、そういう、ぬいぐるみへの愛着とかってわかる? 僕には何がいけなかったのか、さっぱり判らない。きったない、手アカの付いた、ダニの巣のようなぬいぐるみを、きれいにしてやって何が悪いのだ。自分のニオイが付いたぬいぐるみを抱いてないと眠れない、幼児じゃあるまいし。

 そんな子供みたいなのとは、別れて正解だよ。もちろん、言葉を多少選びながら言ってやったのであるが、とたんに彼は、「あなたって、何てことを言う人なの……」という表情になったので、慌てて口をつぐんだ。いい奴である。

 ま、ぬいぐるみだけの事ではないのだろう。
「ナンカ、コノヒト、チガウ」とボンヤリ感じていたことが、「クマちゃんグルグル事件」で、目からウロコが落ちるというか、目にコンタクト・レンズが入ったと言うか、突然はっきりと見えてしまったのだろう。

 じつは、こういうことはCMプランナーとクライアントの間にもある。CMを仮編集して、クライアントのチェックを受ける。宣伝部長が急用で同席できず、やむなく、預かって見せておきましょう、ということがある。
「良くできてるから、文句の付けようがないですよ」などと担当者は言ってくれる。数日後、呼ばれて行くと(呼ばれるということ自体、既に心の準備が必要なのだが)、担当者は妙にサッパリした顔つきだったりする。
「見せたんだけど、あのモデルの顔、部長好みじゃないんだよね。いや、撮り直しは何とかまぬがれたよ。顔のアップ、なしにすることでOKとったから」

 CMが話題になるかどうかは、モデルの可愛さにかかっていると思っていたのに、である。「部長さんは、具体的にはどんなことをおっしゃったんですか」と聞いてみると、口の横にあるホクロが気に入らないだけだったりする。ああ、そんなホクロは編集室で簡単に消せるのに・・・・・・。クライアントの担当者はよかれと思って、顔のアップをなくすことを決めてしまってくれたのだ。こっちは、モデルの顔をものすごく大事に考えていたのに。

 グルグル回る、愛しのVTRちゃんを見つめながら、
「あなたって、何てことをする人なの……」
 そう呟いて、僕は担当者のことを嫌いになってしまうのである。

「友達なんかも、つまんないことが原因でバツイチになってるんですよ」と、彼はさまざまなケースを話してくれた。

 A氏の場合は「ネコ轢いちゃった事件」。二人でクルマに乗っていて、轢いてしまった。その時のA氏の態度が、妻をいたく傷つけた。「あ、轢いちゃった」と、平然と言い放つ夫に、妻は愕然とした。「この人、やっぱり、私とは生きてきた世界が違う……」
 
 B氏の場合は「バスタオル事件」。二人とも、朝と夜シャワーを浴びる。毎日、四枚ものバスタオルを使うことになる。「だれが洗うと思っているのよ」と、なった。「じゃ、俺も洗濯手伝うよ」とは、ならなかった。同じタオルを二人で使おう、そうすれば一日二枚で済む。と、いうことで合意が成立した。ところが、である。どちらが先に使うかで大もめにもめた。
「私が使ったの、使いなさいよ」
「そんな、濡れた気持ち悪いので拭けるかよ」
「どうして、私の体を拭いたのが気持ち悪いのよ」

 夫婦喧嘩につきものの、論理の大きな飛躍も手伝って、濡れたバスタオルは、二人の関係までも湿らせてしまったのである。

 C氏の場合は「ゴミ袋をだれが出すか事件」わかりやす過ぎるので、説明はしない。

 さて、A氏の「ネコ轢いちゃった事件」は、広告で言えばこんなケースに当たる。
「部長のところでダメが出ちゃった。しょうがないよね。ああいう人なんだから」と、担当者。部長のことをいちばん知ってる、あなたの指示どうり僕らはやってきたんでしょうが。ハンドル握ってたのは、あなたよ。可愛いCMがペッチャンコになったのに、悲しいとは思わないの?

 B氏の「バスタオル事件」のケース。
「いろいろアイデアを出してもらったんだけど、どれもピンとこないんだよね。私が、以前、手がけたような、あんなCMを考えて欲しいんだよね」と、担当課長さんのお言葉。私の使ったバスタオル、使いなさいよ。ああ、体が冷えるうー。

 C氏の「ゴミ袋を誰が出すか事件」のケースは……もういい。

 そんなささいなことが引き金になって、熱がスーッと冷めるというのかな、そのクライアントを好きでなくなってしまうことがある。
「ゴメン」なんて一言がつくだけで、根が単純だから、すぐシッポ振ってジャレついてしまうことの方が多いんだけどね。



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