プレゼン研究室

第一章 隣りのCMプランナー                          4)「競合商品」

4)「競合商品」 (友人のTクンへ)

 福岡発、東京行き。家族のもとに帰る飛行機の中で考えた。月に三度くらいのペースで帰っているが、うち、一回は出張。一回は「単身赴任帰省交通費」が支給される。後の一回は、今回のように自費である。

 会社から空港までは地下鉄で220円。航空運賃は、ANAの単身赴任者用の割引「ウイーク・エンド・スマイル」で38500円。モノレール、電車と乗り継いで自宅まで900円。往復の費用、しめて4万8千40円也。

 家に着くのは午後11時。従って、家にいられるのは金曜は1時間。土曜日曜で48時間。月曜は朝7時には家を出るから、全部足すと1+48+7で56時間。48040円を56で割ると、約858円。つまり、妻と娘と過ごすためには1時間当たり858円がかかるのである。待てまて、寝ている時間ははずした方がいい。7時間×3を引こう。家族と一緒にいると実感できるのは正味35時間になる。48040を35で割ると、単価は一気に1373円に跳ね上がる。娘と妻のタイム・チャージは一時間、1373円なのだ。二人それぞれに、どう配分するかは難しい問題であるが、仮に小学六年生の娘に1000円、妻には273円のタイム・チャージを付けることにする。単に分けやすいからで、他意はない。
 
 さて、CMプランナーの習性として、「競合商品」ということを考えてしまう。同じ市場にある他メーカーの商品である。A社のクルマにとって、B社の同じクラスのクルマは競合商品だ。お互いに、相手のクルマよりどれだけお得で優れているかをアピールする。ところが、A社のクルマの競合商品は、じつは他にもたくさんある。買おうかなと思っている人の心を覗いてみれば、「A社のクルマを買おうかな、それともミラノへ行って買い物しようかな」と考えていたりする。クルマを買うか、マンションの頭金にするかで迷っている人だっている。単にB社と較べてここがいいと言うだけでは不十分なのである。A社のクルマを買うと、ミラノでも手に入らない、マンションの頭金でも実現できない、こんなに素晴らしいことがありますよ、ということも訴える必要が出てくる。そこがCMプランナーの腕の見せ所であり、しんどい所でもあるわけです。

 値段という物差しで測った時に、娘と過ごす時間は何と競合するのだろう。娘と過ごす1時間は、先ほどの計算によると1000円に相当する。これは、福岡では生け簀のイカをさばいてくれる、昼の定食「イカ丼」と競合する。娘と過ごす3時間は、マライア・キャリーのCDアルバムと競合する。娘と過ごす一日は、Kスイスのスニーカーと競合する。娘と過ごす二日間は、携帯電話と競合する。ちなみに、妻と過ごす一時間、273円は、徒歩通勤の途中にある「たまや肉店」の牛上肉100グラムと競合する。単に競合するのであって、他意はない。

 自費で東京に帰るということは、どの競合商品と較べても、家族と過ごすほうを選んでいるということになる。はたして、賢い消費者だろうか。浮かぶ疑問を急いで振り払う。これからの二日間、一分たりともムダに使ってなるものか。決意も新たに、僕を乗せた飛行機は夜の羽田空港に着陸した。

 家にたどり着くと、水割りなど飲みながら一応待っていてくれた妻は、もう眠そうである。「先に寝ていいよ」と声をかけると、待ってましたとばかりに、「ゴメン」と言って、一時間373円の人は寝室へ行ってしまった。頭がボーとしている。飛行機のスピードについて来れなかったタマシイが帰宅するまで、眠れそうもない。二本目のカンビールを開ける。娘はとっくに寝てしまっている。

 土曜日。目は覚めるが、まぶたが開かない。どこかで聞き慣れない音がしている。そうだ、家に帰って来たんだ。妻が朝食を作っているのだ。娘のベッドにもぐりこむ。寝込みを襲われた若い女はコチョコチョ攻撃に身悶える。至福の時である。「やめろよ」「バカァ」とかの抵抗を物ともせず、父は欲情の化身となってくすぐりまくる。この5分間、約83円は激安である。子離れできないバカ親父と、言うなら言え。

 朝食を終えて、さて、高価な時間をコミュニケーションに費やそうと思うと、すでに娘はレンタルビデオを見始めている。
「『蛍の墓』だよ。戦争中のかわいそうなお話だよ」
 こちらが「またアニメか」と言う前に、しっかり牽制球を投げてくる。渋滞に巻き込まれたタクシーのように、カチャ、カチャとメーターだけが上がってゆく音を聞きながら一緒にビデオを見る。いつのまにか、こちらがストーリーに引き込まれている。

 午後になると、もうタクシー・メーターの音は聞こえなくなる。僕がいつもいた頃の、家族の時間が流れ始める。ただ、少しだけ変わったことがある。「このビデオを見て、お前はどう思った?
お父さんはね……」というような会話を交わしていることに気づく。一緒にいればわかったつもりになれるのだろうが、娘の考えていることをわかったつもりになれないから、聞いてみたくなる。返ってくる言葉に成長の跡が見えたりする。

 そして、月曜日。ゴミを捨てるのを口実に、マンションの玄関まで娘を送ってゆく。これは単身赴任する前からの習慣である。角を曲がるまで見送る。口笛を吹くと、娘はふりむいて大きく手を振る。一緒にいた頃は、「恥ずかしいから絶対やめて」と怒っていたのに……。

 部屋へ戻るエレベーターの中で、「ま、いいか」と思う。がんばろうね、と戦友同志のような言葉を妻と交わしたこと。娘を抱きしめてやったら、ギュッと抱きしめ返してきたこと。大きく手を振ってくれたこと。四万八千四十円で、あれだけのものが手に入ったんだから。

 そして僕は決心するのである。今日からしばらくは、博多ラーメンで過ごそう。



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