プレゼン研究室

第一章 隣りのCMプランナー                          2)「阪神大震災と広告」

 2)「阪神大震災と広告」 (後輩のCMプランナー・F君へ)

 引っ越しの準備は進んでいますか。長くても五年の支社勤めのはずが、頑張ってしまうFクンの性格が災いして、気に入られてしまったのだろう。東京に戻るのが一年遅れて、そのせいで、阪神大震災にあってしまった。えらい大阪生活やったねえ。転勤組の大半が、芦屋や神戸方面に住むのに、F君が決めたのは逆方向の吹田市。何かあったときのことを考えると、西の方には住む気になれなかった、と言っていたけど、今度のことが起きてみると、やはり建築学科卒の目は確かなんだなと感心した。

 さて、ACC(全日本CM放送連盟)の受賞パーティーに行ってきました。95年度のグランプリ・郵政大臣賞は、公共広告の「阪神大震災・井戸水編」。やはり、今年のCMの成果はあれに尽きるだろうと思う。受賞の言葉の中で、あのCMの生まれたいきさつを聞くことができた。制作スタッフを代表して挨拶に立った大阪電通の堀井博次さんの話がとてもよかったので知らせようと思う。

 一月十七日の震災から五日経った日曜日。同社の支社長から、堀井さんの家に電話があった。
「いま流れてる公共広告、どう思う?」
 CMの自粛で、既存の公共広告が穴埋め的に流されていた。「空き缶のポイ捨てをやめよう」とか、「川をきれいに」……。空き缶を捨てようにも、缶の出てくれる自動販売機がどこにある。川をきれいに、と言われても、そもそも川に捨てる物がない。人々の生活実感と、あまりにもかけ離れたCMばかりだった。
「そやろ、何とかならへんもんかなあ……」。被災した人が元気の出るようなCMはできないもんやろか、ということで意見が一致した。

 翌日の月曜日には、スタッフが集まって企画会議。メンバーの一人から、「駅まで歩いて、あと十五分。がんばって」という貼り紙を見たけど、あれには励まされた、という話が出た。「それや!」となって、次の日にはVTRカメラを持って町に出ての取材が始まった。
「水、出てるよ。水、持ってって! そやけど、ナマで飲まんといてな。ポンポンこわすよってに……」のCMは、そうやって生まれた。

 立ち見で聞いた、堀井さんの話。飄々とした喋りに時折笑わせられながら、僕はとても感動していました。ひとつの思いが次々に人を動かして、あのCMができた。「いま流れてる公共広告、どう思う?」始めに疑問符を提示した大阪電通の支社長は立派です。自粛されたCMの、穴埋めとして出てきた公共広告だからといって、生活実感とかけ離れすぎていることが許せないと思える、アドマンとしての健全さ。被災して一週間に満たない極限状況だったことを思うと、そのバランス感覚が際立ちます。

 受賞のスタッフとしては、おそらく名前が載らない立場の人だけれど、こういう人によって、CMがプロデュースされたんだよね。広告にはもっとできることがあることを教えてくれた。

 もうひとつ思ったのは、こんなことです。僕があの貼り紙を神戸の町で見たとして、それが被災した人を励ますCMになるという判断が下せるだろうか。大災害の後の市民を励ますCMなんて、誰も作ったことがない、どこにもお手本はない。ケチがつかないかと弱気になれば、何もできなくなる。例えば、水道が復旧しましたよ、という告知と間違えないだろうか。井戸水はどこのものでもナマでは飲めない、と誤解されないか。「これでいける」という決断は、勇気のいる、クリエイティブの冒険だったはずです。

 あの制作グループは、「タンスにゴン」とか「はじっこ歩きなさいよ」とかの、キンチョーの名作CMも作ってはるパワフルな集団やけど、人間の本質を掴んではりますわな。
 あ、掴むで思い出したけど、ホンマかどうかは知りまへん、人から聞いた話でっせ。今度のCMを中心になって作らはった人で、僕の尊敬しているプランナーが、初めてキンチョーさんに挨拶に行ったときのことらしいですわ。手を差し出されて、握手かと思ったら、いきなり別のところを握られたちゅう話や。関西っちゅうとこはホンマにどないなっとんのやろ。

 また、おなじプランナーの人が、あるメーカーのCMを提案しに行かはったときのこと。このCMにピッタリのモデルがいるんです、言うて出した写真というのが、ほれ、電話ボックスによく貼ってあるピンク・チラシ。そら、クライアントの皆さん、どういうつもりやろと思わはって、反応のしようがおまへんわな。そしたら、「これがダメなら……」と、次から次にピンク・チラシを会議室のテーブルに並べはったそうで……。あ、これも真偽のほどは定かやおまへんで。しかし、まあ、ホンマやとしたら、たいしたサムライですわな。わたしら、逆立ちしてもそんな真似はでけしまへんわ。キャラクターの違いもあるし、何しろあっちは天才やからな。真似したら、そら、えらい目にあいまっせ。

 関西のアナーキーな人たちのこと書いとったら、なんや関西弁になってしもうた。戻そう。
 
 震災から二ヵ月半あとの、四月一日付けで僕に転勤の辞令が出ましてん。あ、ちっとも直ってへんわ。いかんな、大阪弁はクセになる。その辞令の通達を見て、大阪にいる同期のヤツが電話をくれた。
「いろいろ考えるところがあるだろうと思ってさ」
彼も東京からの転勤組である。行って一年で震災にあった。
「やっとガスが出るようになって、自分の家で風呂に入れるようになったよ」

 彼と話しながら、オレは、つくづく自分のことをちいせえなあと思ったよ。彼はそんな状況にありながら、オレのことを考えてくれてるんだもんな。こっちは、自分の単身赴任の心配ばっかりしてた。その電話の数日後、引っ越しの荷造りの最中に、もう一本、関西から電話をもらった。大阪に単身赴任してわずか二週間で震災にあって、ホテル暮らしの身となった先輩からだった。
「やっとマンションに戻ってきたところだよ。炊飯器とか、所帯道具をいっぱい抱えてホテルを出たとこで、東京から出張してきたヤツと会っちゃって、イヤだったな。ハハハ」
被災地からの二本の電話の声は明るかった。こちらは、ずっと小さな出来事なのに、励まされる立場に終始していた。

 95年度の流行語大賞には、「NOMO」、「無党派」と並んで「がんばろうKOBE」が選ばれた。被災地の関西に、逆に励まされた僕のような人間も、きっとたくさんいたんじゃないかな。

*****************************************************************************

 公共広告機構  震災支援「井戸水篇」15秒CM

 〔映像〕(被災地の一角。ベニヤ板に手書きされた文字)

水、自由に使って下さい
  水、自由に使って下さい
  そのままでは飲めません

 〔音声〕(市民の声)
  水、出てるよ、水。
  持ってってー
  そやけど、生で飲まんといてな。
  ポンポンこわすよってに。
  水、水、出てるでー
  水、持ってってー

〔ナレーション〕
  「人を救うのは、人しかいない」



Comments are closed.

page top
カレンダー
2018年12月
« 4月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  
検索
最近の投稿
アーカイブ
カテゴリー
最近のコメント
copyright(c) hayashi yasuhiko.com
contact