プレゼン研究室

第一章 隣りのCMプランナー                          8)「『恥ずかしい』CM」

 8)「『恥ずかしい』CM」 (フリーの女性プランナー Oさんへ)

 この間、一緒に企画をやっていて、「恥ずかしいこと」という話になったね。この商品を持っていないと、恥ずかしい思いをする、という考え方で、色々なシーンを考えてみたけど、恥ずかしいと感じるかどうかは、ものすごく個人差がある同じことをしても、恥ずかしいと思う人と、何とも感じない人がいて、なるべく多くの人の共感を取りたいCMとしては、料理しにくいテーマなのかな、という結論で締めた。
 
 あの後、「恥ずかしい」というテーマでうまくいったCMを思い出してみたら、僕の好きなCMが一つだけあった。六、七年前のもので、ある演出家のパイロット・フィルムに入っていたものですが、ホンマにオン・エアできたのかいな、と思ったCM。

 スカートのファスナーを、締め忘れたOLが、さっそうと出勤するシーンに、ナレーションで、「恥ずかしい、恥ずかしい。○○を買わないのは、このくらい恥ずかしい」次のカットでは、ナント、スカートをはき忘れたOLが、さっそうと出勤するシーンに「恥ずかしい、恥ずかしい。○○を知らないのは、このくらい恥ずかしい」。○○は確か、クルマの名前だったような気がするけど、クルマのCMでこんな大胆なことやらせてもらえるのかしらん。

 商品名が思い出せないということは、CMとしては失敗かも知れないけど、「ヤラレたな」と思った。広告効果はともかく、表現の冒険としては、とても大胆だった。「知らないと恥ずかしい」という一点だけを強引にデフォルメして完結させるには、相当な力量が必要です。ま、めったに許される手ではないし、下手に手を出すと、それこそ恥ずかしいCMになりそうです。

 ところで、僕のものすごい体験。あれは三年前のことであります。僕と娘と、娘の友達の三人で水族館に行きました。思い出すだに、おぞましい出来事は、帰りの電車の中で起きたのです。乗った時、ポツリポツリと空席があり、僕は子供たちと離れて座ることになった。窓を背にして腰をおろすベンチ・タイプのシートで、ドアわきに娘と友達が座り、通路をへだてた反対側に僕。娘たちは、何やらキャッキャと話しており、離れていては仲間に入れてもらうわけにもいかずで、僕は知らず知らずのうちに自分の世界に迷い込んでいたのです。

 いくつ目かの駅で、二十歳くらいの女性が乗ってきました。彼女はドアわきのスペースに、外を向いて立ちました。ボディコンでした。

 どのくらいの時間がたったのでしょうか。「お父さん!お父さん!」と呼びかけてくる娘の声で、我に返りました。娘たちは、顔を見合わせてニヤニヤしています。まずい。相当にまずいぞ。危機管理を担当する脳細胞は、このさい寝たふりをしたほうがいいと、指令を発しています。ところが娘は、しつこく「お父さん!」と呼びかけてきます。こうなるとまわりの人にも、子供を無視するヘンな親父と見られそうで、目をあけて「何?」ときいてやりました。鳴呼(ああ)、僕はタヌキ寝入りを続けるべきだったのだ。

 娘は無邪気そのものの弾んだ声でいいました。
「お父さん!この人のオシリ見てたでしょう!」
 僕は頭が爆発するかと思った。わが娘が「あってはならない」ことを口にしている。やっとのことで「ウウン……、ち、ちがうよ」と応えた僕に、テキどもは、さらに追い討ちをかけてきた。
「ウソだあ。ゼッタイ見てたよ。ねえ、ゼッタイ見てた」

 最後のフレーズは、ごていねいにハモっていた。娘たちの隣りの、新聞を拡げていたオッサンが、新聞紙をヒョイと下げて僕を見た。目が合ってしまった。その瞬間、オッサンは、プッと吹き出して、また顔を隠してしまった。「落ち着け、落ち着け」。もうひとりの自分が、必死で囁きかけてくる。急いで、娘たちの言葉を点検してみる。

「お父さん!」この呼びかけがすでに救われない。乗り合わせた乗客の前で、僕が「お父さん」であることが明らかにされているのだ。「オトーサン」。CMを含めてマスコミが作ってきた「オトーサン」のイメージ。セコくて、スケベでマヌケな……。次の言葉「この人の」。そのとき、娘は、横に立った「この人」を指さしたのである。人を指さすものじゃありませんと、どうしてもっと厳しくしつけておかなかったのだ。「おシリ見てたでしょう」は……。もう、いい。僕の隣の男の肩が小きざみに震え始めた。こいつも笑っている……。
 その後、どんな顔をして乗り換え駅まで座っていたのか。その間のことは、オトーサンの記憶の中からスッポリ抜け落ちている。

 この体験を後輩のコピー・ライターに話すと、「大変でしたねえ」と、さかんに同情してくれた。何日かして、僕のデスクにやって来た彼は、ボソッと言った。「あの話、週刊朝日のデキゴトロジーの欄に載せていいですか
 よりによって、とんでもない男に話してしまったものだ。彼は、「デキゴトロジー」の取材協力者の一人だったのである。
 と、いうわけで、Hさん(39)は、イラスト付きで週刊朝日に載ってしまいました。
 Yさん、今までで二番目に恥ずかしかった話でいいですから、今度きかせてください。ぜったいにCMにはしませんから。



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