プレゼン研究室

プロローグ「CMプランナーって何だ」

プロローグ「CMプランナーって何だ」

CMの仕事は、それぞれの役割にプロフェッショナル性が要求される。制作現場での作業で言うと、プロデューサー、演出家、カメラマン、照明マン、美術、スタイリスト、ヘア・メイク……。それぞれのスタッフが専門の責任分野を受け持っている。例えばタレントに演技を付けるのは、CMプランナーではなくて演出家の仕事だ。「なんだ、じゃあ女優なんかと仲良くなれないじゃないか」と、思うだろうが、残念ながらその認識は正しい。真夜中に女優から電話がかかってきて
「今、六本木で飲んでるんだけど、なんか声が聞きたくなって……。ううん、ひ・と・り……出てこれない?」
なんてことは絶対に無い。それがないから、その先もない。樋口可南子と結婚した糸井さんはコピー・ライター。夏目雅子と結婚した伊集院静氏は、当時CM演出家。CMプランナーは、僕の知っている限り皆無である。それを期待するなら、演出家かカメラマンの方が絶対に有利なのである。
「ここは本物の涙が欲しいんだ。大丈夫、泣けるから。いちばん悲しかったことを思い出してごらん。」とか言って心を開かせておいて……。クッソー、リラックスさせるためとか言って、個人的な話もしてるんだろうな、アイツら。

つい興奮してしまったが、そのような妙な期待を持ってCMプランナーになったりしないように、まずは「CMプランナーとはどんな仕事か」について書いてみることにしよう。

簡単に言えば、CMプランナーとは、クライアントである企業の意を受けてCMを企画し、提案する人。提案が通れば、CMプロデューサー、演出家を始めとする現場のプロの協力を得て、意図どうりのCMに仕上げる責任を持つ。「CMを作る人」というより、「CMを考える人」と言った方が正しいかもしれない。

「ナレーションはコピー・ライターが書くんでしょ」。そう聞かれることが多いのだが、ナレーションもCMプランナーが考える。広告の中でCMの比重が大きくなるにつれて、本来、新聞やポスターなどの印刷媒体が活躍のフィールドだったコピー・ライターやグラフィック・デザイナーがCMの企画に参加することが多くなってきた。CMの企画スタッフに入れば、コピー・ライターだって「こんな言葉で、こんな映像で」とCMとして考える。デザイナーもコピー・ライターも、CMをプランニングしている時はCMプランナーなのである。言葉が得意なら、言葉で考えればいい。映像が得意なら映像でアイデアを出せばいい。要はアイデア・センスの問題で、アイデアが言葉として出てくるか、デザインとして出てくるかの違いだけだ。

僕がこの世界に入った頃はコピー・ライター花盛りで、僕もコピー・ライターを希望したが、配属されたのはCMプランナー。かなりガックリきていた。その時、パワー溢れる上司がこんなことを言ってくれた。
「CMプランナーというのは、コピーもデザインもできなきゃ勤まらないんだぞ。両方できて初めて一人前のプランナーだ」
コピー・ライターのほうがカッコイイと思っていたので、素直には頷けなかったけど、今では後輩に同じことを言っている自分に気がつく。「だからCMプランナーのほうが偉いんだ」という飛躍した結論まで付いている。アイツにはクスリが効きすぎたと、苦い顔をされそうである。

CMプランナーの仕事現場〔一本のCMができるまで〕

(1)オリエンテーション

一本のCMができるまでに、どのくらいの日数がかかるか。これは商品の種類によって違うし、商品開発、ネーミングのあたりから係わると一年くらいかかることもある。ま、一ヵ月半から二ヵ月というのが普通かな。

先ず、クライアントの宣伝部から「オリエンテーション」がある。商品開発の意図、市場の背景、流通体制などについての説明と、広告の目的が話される。このオリエンテーションから全てが始まるのだが、例外もある。この企業には、今こんな広告が必要とされていると考えれば、営業部門と協力して自主的な提案を行う。自主的なプレゼンテーション、略して「自主プレ」。相手に、耳を傾けてみようという姿勢さえあればかなり面白い仕事になる。

(2)プランニング期間

オリエンテーションを受けても、すぐにCMのプランニングに入れるわけではない。具体的に「こんなCMはどうかな」と考え始めるのは、僕の感覚で言うと中盤から。先ずやらなければならないのは、オリエンテーションでもらった情報を、効果的な広告を作るために組み立てなおすという作業だ。

「広告はケンカだ」と言った人がいるが、一面においてそれは正しい。ただしそれは、野次馬がいっぱい集まっている中でのケンカだ。自分が皆からどう思われているのか。相手はどうか。そこを見極めておかないと、勝ったつもりが、とんだ悪役にされてしまう。サルがライオンに噛みつけば拍手喝采だが、逆の場合はブーイングである。「サルさんガンバレ!」のコールが起きたり、「エテ公を相手にするとは、百獣の王も落ちぶれたものだ」と、それまでのファンさえ離れてしまうことがある。同じ土俵に乗ってしまった時点で、すでにライオンの負け。ケンカを仕掛けたサルの作戦勝ちである。

クライアントの企業が、その業界の中でどんな位置にいるのか。ガリバーのような巨人なのか、群雄割拠なのか。一般の人々からはどう思われているのか。ライバル企業はどこなのか。相手の商品はどんな評価を受けているのか。そのあたりを睨んだうえで、「土俵をどこに作るか、そこで何を言うか」を考える。今の時代に、その商品の何をアピールすれば、「あ、あれいいな」と思ってもらえるのか。これはいつも迷い、悩むところだ。

ある時、先輩がいいことを教えてくれた。「敵が悔しがる広告が、効果的な広告なんだよ」。聞いた時は、まさに「目からウロコ」であった。それ以来、「何を言うか」を見極める時、「これで敵は悔しがるか」と自問自答するようになった。このあたりまでの作業は、マーケティング部門のスタッフと打合せしながら進める。

「何を言うか」が見つかったら、次は「どう言うか」。いよいよ具体的なCMプランに入る。人気タレントを起用した方が、商品の目印になりやすいかな。顔の知られていない人の方が、使う時の実感が出るかな。いやいや、商品だけで迫った方が「自信を持って新発売しましたッ!」という気合が伝わるかな。CMのトーンはどうしよう。笑えるCMのほうが早く心を開いてくれるかな。ドラマのほうが共感を取りやすいかな。などと、アプローチの方法を考える。商品広告は、同時に企業イメージを作ることにもなるわけで、「どう言うか」はとても大切なことだ。

「きて、みて、さわって。富士通のお店へ」の、おじさんアニメのCMなど、「親しみの持てる会社になりたい」という、企業の願いがテレビ画面の向こうに見えてくる。ちなみに、この原稿は富士通の「オアシス」で打っています。いくぶん無骨なスタイルで、「いいものを作れば売れるんだ」といった理科系の気骨が感じられて大好きなんだけど、売り場においては愛敬も必要。あのCMは、オアシスのファンを裏切ることなく、お店の敷居を低くした。楽しいCMの中に、企業の戦略がしっかりとある。

企業の「こう見られたい」という方向と、CMプランナーの「好きな世界」が一致すると、とても楽しい仕事になる。「お客さん、ここから先は趣味ですからメーター倒しましょう。家に持ち帰ってウイスキーでもなめながら朝までやりますよ」。てな気分で、CMプランナーはワクワクしながら頑張ってしまうのである。

(3)絵コンテの作成

CMのイメージを一枚の紙に書いたものを絵コンテという。普通は、五、六コマの映像イメージと、ナレーションが書いてある。それぞれのCMプランナーが自分で書いた絵コンテを持ち寄って、提案するプランを選ぶ。二人でやる場合は、和気あいあいと進むことが多いが、四、五人ともなるとそうはいかない。CMプランナー同志の暗闘が繰り広げられる。A3の大きな紙に、ぶっといサインペンで描いてくるヤツ。少しでも見栄えを良くして、自分の企画を通そうという魂胆である。いかに自分のプランが面白いかを滔々と喋るヤツ。(こっちもシロートじゃないから、そこまで言わずとも、ツマランことぐらいわかるわい)。用意してきたプランがあるくせに、その場でやおら描きはじめるというパフォーマンスで勝負するヤツ。「これ、面白いなあ」などとお互いに批評しながら、心中おだやかではない。そうして四、五点が選び出される。レベルに達した案が少なければ、「じゃ、あさって、また集まろうや」となる。

複数の広告会社による競合提案の場合は、勝つことが大命題になるので提案点数も増える。相手の作戦を読むことにもエネルギーを取られることになる。

さて、選び出したプランをコンテ・マンに渡す。コンテ・マンは、僕のひどい絵を見事なカラーの絵に変えてくれる。「いや、これはね、タコが踊ってるんじゃなくて、二十代のビジネスマンが走っているところを、斜め上から見たとこ」なんて説明しながら頼む。清書された絵コンテがあがってくるまで三、四日かかる。その間に、企画書を書いたり、ナレーションをいじってみたりと、まだまだ睡眠不足の日が続く。

(4)プレゼンテーション

絵コンテと企画書を持ってクライアントの宣伝部に行き、CMの提案をする。これをプレゼンテーションという。略して「プレゼン」。僕は、プレゼンテーションはプレゼント・エイションだと勝手に思っている。僕ならではのアイデアをクライアントにプレゼントしてあげるんだと、自分を鼓舞する。何日も徹夜して仕上げたプランが、CMになるかゴミになるか。CMプランナーにとっては、勝負の時。おろしたてのパンツでピシッとキメたりする。

もともと僕はあがりやすいタイプで、人前で喋るのは大嫌いである。喋っているうちに自分で何を言っているんだかわからなくなることすら、ときどきある。そこに集まっている全員に向かって話していると思うから緊張するのだと気がつき、反応のいい人を見つけて、その人ひとりに話すようなつもりでやるように変えたのだが、これには大きな欠点があった。大きなプレゼンになると、二、三十人を前にいきなり話すことになる。前もっての名刺交換はない。そのような場で、大きく頷きながら聞いてくれる人には、えてして決定権がないのである。苦虫を噛みつぶしたような顔で聞いていた人が、実はツルの一声の持ち主だったと、後に判明したりする。どうやら、うなずく頻度と当事者意識とは、反比例するらしい。困ったものである。

最近では、必要以上に自分を良く見せようとしてもしょうがないと思うようになって、あがらなくなった。ともかく、CMプランナーのアタマの中から出てきた目の覚めるようなアイデアを、一時間にも渡って真剣に聞いてもらえるのが、プレゼンテーションなのである。部長さん、どうしました?寝冷えしますよ。

(5)演出コンテの作成

クライアント幹部のOKが出て、採用と決まると、CMプロデューサーに相談する。仕上がりのトーンのこと、スタッフのこと、スケジュールのこと、予算のこと。「しっかし、大胆なプランを出したものですね、この予算で」。この場合、プロデューサーはプランの大胆さを褒めているわけではない。

できれば、プランニング段階からプロデューサーに相談しておいた方が、あとがスムーズだ。「ま、何とかしましょう」とプロデューサーが言ってくれれば、まずは、演出家をだれにするかを決める。そのCMプランを上手に料理してくれそうな人だ。都合がつきしだい演出家に会って、CMの狙いを伝える。

演出家は、テレビから流れた時にどう見えるか、という目でそれまでのCMプランをとらえ直す。「十七才の揺れる気持ちを表現したいのなら、何をしてるかを説明的に見せる必要はないんじゃないかな。彼女の表情だけを追った方が効果的ですよ」。そんな、演出家としての提案が返ってくる。CMプランナーがトンネルの入口側から掘り進んできたのに対して、演出家は出口側から掘ってくる感じだ。お互いがある地点で出会えるな、と確信が持てるまで話し合う。途中で、ずれてることに気がついてからでは遅すぎる。

何日か置いて演出コンテがあがってくる。プランナーは、それを持ってクライアントに行き、変更点などの説明をする。

(6)オール・スタッフ打合せ

スタッフ全員が集まって、撮影の具体的な打合せに入る。できあがるCMのイメージを絞り込んでゆく。カメラは何ミリのレンズを使うか。クレーンは必要か。ライティングはどうするか。タレントに何を着せるか。カメラマン、照明マン、美術、スタイリスト、ヘア・メイク、それぞれの専門分野を担当するスタッフが納得のいくまで演出家と話し合う。

CMには偶然が入り込む余地はほとんどない。画面に映る物すべてが、何かの意図を持って集められている。たとえば、女優の後ろに見える木の葉が揺れていたら、自然の風が流れているように見せるために扇風機を当てている。男の顔に汗が浮かんでいれば、それはカメラを回す直前にスプレーされた水だ。人物の着ている服は、その設定にふさわしいものをスタイリストが探してきたもの。気に入ったものが見つからなければ、自分でデザインするし、欲しい色に染めるという姿勢で仕事をしている人が多い。

「人物のバックに、しゃれた絵が欲しいな」「著作権の問題があるから、僕が描きますよ。真っ赤なバラ一輪なんてどうですか」と、美術スタッフ。

打合せはまだまだ続いている。CMプランナーのアタマの中に生まれたイメージが、スタッフの力によってどんどん具体的な形になってゆく。僕はわくわくしながら打合せに立ち会っている。

(7)撮影

CMを作るうえで、最も大切な作業であるが、撮影スタジオではCMプランナーとプロデューサーがボケーッとしていられるというのが本当は一番いい。すべて順調に行っているということは、準備万端おこたりなかったということ。プロデューサーの力量と、現場を仕切っている「制作進行(プロダクション・マネージャー、略してPM)」の頑張りの賜物だ。CMプランナーとプロデューサーが額を突き合わせてヒソヒソやっていたり、走り回っていたりというのは、風雲急を告げている証拠。撮影現場では、眠くなるくらいがちょうどいい。

(8)編集

演出家と編集マンがVTRの編集機を相手に格闘している。ときどき、CMプランナーに声がかかる。「まだ途中なんだけど、ちょっと相談したいとこがあるんで、一度見てもらえますか?」。そしてお互いの意見を交換する。

それにしても、編集室での会話は面白い。
「中山美穂のケツをちょっとツマンデ、男の顔にカブセようか」
「あ、そのほうがインサートがキモチイイですね」
などという、中山美穂さんが聞いたら卒倒しそうな言葉が飛び交うが、別にあぶないCMを作っているわけではない。通訳するとこうだ。「中山美穂の出ているシーンの、最後を少し短くして、男の顔にオーバー・ラップさせようか」「あ、そのほうがフラッシュ的に短くいれたシーンが、いい感じですね」

ある女性の演出家と仕事をした時、彼女は「ケツ」と言わないで、上品に「オシリ」と呼んでいた。何だかその方が妙にナマナマしかった。「キモチイイ」もよく使っているけど、ふつう、仕事中に使うような種類の言葉ではない。それぞれの業界には独特の専門用語があるが、編集室の「業界用語」にはヘンなのが多い。

さて、編集に立会いながらCMプランナーは、こんなことを考えてみる。元のCMプランを一度忘れて、今ここにある材料で料理の仕方を変えたら、もっと美味しいCMはできないか。やってみると、時にうまくいくこともある。「お約束のものはできましたが、このようなものも作ってみました。お口に合えばよろしいのですが」と、シェフのような気持ちでクライアントに披露する。いらないと言われても、ダメもとである。プレゼンテーションだけが提案の場ではないと思っている。

(9)MAV

編集が終わればMAV。ナレーションや音楽、音響効果などをミキシングする。MAVが終了すれば、すべてフィニッシュの「お疲れさま」。解放感を味わいつつ、ひとつの仕事が終わってしまうのがちょっと淋しい。

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一本のCMができるまでの大雑把な仕事の流れと、CMプランナーの役割について書いてみました。
CMはすべてオーダー・メイド。二度と同じものを作ることはない。また、担当するCMプランナーが違えば、同じ商品でも全く違う毛色のCMになる。わざわざ、「個性を出そう」なんて意識しなくても、出来上がってみるとその人らしさが出ている。CMプランナーの個性が「出てしまっている」というのが実感です。何をキレイだと思い、何をオモシロイと思い、何をミットモナイと思うか。カッコ良く言ってしまうと、CMプランナーの美意識みたいなものが出てしまっている。商品を売るためにしのぎを削るハードな経済活動の手段に、CMプランナーの個性がはっきり出るというのは、考えてみると不思議です。言葉や映像にかかわる仕事というのは、そういうものかも知れません。そして、そういう所が、僕はとても好きなのです。

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プレゼンテーション。
何日も徹夜して仕上げたプランが
CMになるか、ゴミになるかの
真剣勝負。
まだ説明していないところを
勝手に開けてみないでネ。
プレゼットーエイションなんですもの。



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