プレゼン研究室

第一章 隣りのCMプランナー                      7)「姑(しゅうとめ)の立場とCM」

7)「姑(しゅうとめ)の立場とCM」 (演出家のKさんへ)
          
 嫁姑の確執を描いたCMが相変わらず元気です。これまでアンタッチャブルだった世界であり、まず作り手側が楽しんでいるのがよくわかる。ピップ・エレキバンの樹木希林と加藤治子シリーズもおかしいし、Kさんの手がけている、「鳳凰家の人々」鈴木保奈美と野際陽子のシリーズも、次が楽しみです。劇画タッチの、そこまでやるかの「嫁いびり」は、しっかりエンターテイメントしている。「今度はどうやって保奈美ちゃんをいじめようかと考えると楽しくて。フフッ」とヘンタイじみた笑いを浮かべて話してくれたけど、オイ大丈夫か、オッサン。

 嫁姑を描くと、いじめられる嫁に同情が集まるわけですが、僕はある「事件」を経験してから、姑の気持ちがものすごく理解できるようになった。断固として、僕は姑の立場を支持するのである。

 単身赴任して四ヵ月で迎えた夏休み。人出は少ない、食べ物は美味い。せっかく、リゾートの真ん中にいるのだからと、家族を博多に呼ぶことにした。2DKの僕の部屋をホテル代わりにしようという目論見だ。

 家族がやって来る日、朝から掃除を始めた。気持ち良く過ごしてもらおうと、布団と枕も干した。フローリングの床は雑巾がけもした。そして夜、博多駅に二人を迎えに行った。じつは、お盆の民族大移動を甘く見ていたために、飛行機が取れなかった。各方面に頼み込んで、やっとのことで「のぞみ」のチケットが手に入ったのである。夏休みには会えるのだからと、しばらく東京には帰っていなかった。改札を通って出てきた妻と娘とは、一ヵか月ぶりの対面であった。

 きれいに片づいた部屋に、二人を招き入れた。夫と妻、父と娘の穏やかな関係が復活するはずだった。ところが、である。四ヵ月の間に、僕はこの家の姑になってしまっていたのである。

 二人が荷物を置く。その場所が、まず気に入らない。いつも僕が洗濯物を干しに行くときの、動線の真上なのだ。妻がスリッパで歩く。フローリング部分はそれでいいのだが、脱衣スペースではスリッパを脱ぐことにしている。そのルールを無視する。着て来たものを洗濯し、かごに入れてベランダへ運んでいる。まさか、そのかごをベランダに置くつもりじゃないでしょうね。かごは部屋の窓際に置いて、洗濯物だけを持って出るのが、この家のしきたりなのよ。あらあら、そのハンガーに干しちゃダメよ。どうしてって、あなたそれはタオルやハンカチを干すハンガーよ。下着用はこちらにお願いしたいわ。うちじゃ二つに分けてるの。お母様はそういうのお教えにならなかったのかしら。えっ、どうして取り込んだものをそこで畳むの?  そこは、埃っぽい場所だから私はいつも……。

 妻の一挙手一投足をピリピリしながら目で追っている自分に気がつく。娘が、それを察してふたりを交互に見ている。いかんいかん、夫婦がうまくいってないんじゃないかと、妙に気をまわしてしまう。そう自分に言い聞かせつつも、イライラしてしまう。

 食器を洗った後、妻はすぐに布巾で拭いて片づける。湿気が残るかな、と結婚当初は気になったものだが口にはしなかった。きちんと片づけないと気がすまない人だから、それも彼女の美学だろうと納得していた。そういう片づけ方が、夫婦の、やがて家族三人のルールになっていた。戸棚の中に湿気を含んだ器をしまうのは嫌だな、という気持ちをいつの間にか飼い馴らしていた。ところが四ヵ月の単身生活によって、僕の野性が息を吹き返してしまったのだ。
「俺が好きなように片づけるから、座ってろよ」
 語気強く言ってしまった。久しぶりにいい奥さんをやろう、と意気込んで来たに違いない妻の肩がピクンとした。まずい、まずいよ。妻は、黙って食器を拭き続けている。寝ころんでゲームボーイをやっていた娘は、風雲急を告げるのを察して正座した。相変わらずボタンを押し続けているのが、視野の端に見えた。妻がボソッと言った。
「来て欲しくなかったの?」
 慌てて否定しながら、そのとき、すべてを悟った。四ヵ月の間に、僕はすっかりこの家の姑に成りきっていたのだ。 これはここ、それはそこ。あれが先、どれは後。知らないうちに家の中のすべてのことに、自分なりのルールを作っていた。そこに闖入してきた妻は、許しがたい無法者に見える。たった四ヵ月でこれである。姑の立場がよく理解できる。四半世紀以上に渡って営々と築きあげた磐石の法典を犯す者。汝の名は「嫁」である。
 翌日には島に渡って海水浴。三泊して戻ってからも、なるべく家にいる時間を少なくするべく、外に出かけるようにした。唐津、呼子、海の中道、博物館、福岡ドーム……。あっと言う間に一週間が過ぎた。ふたりを空港まで送る。
「来年の夏は、あなたが東京に帰って来て」
「それがいいな」

妻と娘を乗せた飛行機は、秋の気配を感じさせる雲に向かって飛び立ち、やがて小さな点となって東の空に消えていった。僕は、孫を連れて行かれた姑のようにしょんぼりとして、「初めから私が折れて、仲よくしとけばよかったんだわ」と、反省するばかりであった。
 
 「鳳凰家の人々」のCMも、野際洋子の反省でシリーズが終わるような気がします。Kさんの構想では、どうなっていますか。



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