プレゼン研究室

プレゼン研究室 月別アーカイブ: 【5月 2010】

「プレゼン力の伸ばし方」:話す

「話す」
1「アイ・コンタクトを身につける法」
 「人前で話すときには、その場にいる人たちと視線を合わせるアイ・コンタクトを心がけましょう」話し方などの本には、かならず「アイ・コンタクト」のことが書かれています。話しながら、「そう思いませんか?ね、そうでしょう!」と目と目で会話ができれば、説得力がアップするのは目に見えている。でも、ちょっと待ってほしい。頭でわかっていても、じっさいにはなかなかできないのが「アイ・コンタクト」なのだ。

 それもそのはず、日本人には人の目を見て喋るなどという習慣がなかったんですね。時代劇で見るように、エライ人の前に出たら畳に額を擦りつける。「面(おもて)をあげい!」と声がかかって初めて顔をあげる。それとて、上位者の顔をまともに見ることは許されない。上位者が下位の者の顔を見るためにあげさせたのだ。

それほど身分の差がない間柄でも、まともに視線を交わすのは失礼なことである、という社会通念のなかで日本人は生活してきたわけです。ですから人前で喋ると、どうしても視線がまぶしい。まったく平気だと言う人もいますが、それは例外。日本人なんだから、他人の視線がまぶしいのは当たり前だと考えたほうがいい。だって、視線を合わせないように社会的に訓練されてきたんですから。日本人は視線を合わせないで話す高度なテクニックをマスターしていると言ってもいいくらいです。
 
 日本人がアメリカ人のようにアイ・コンタクトしながら話す必要はないと、私は思っています。じっさい、アメリカ人のよう相手に執拗に視線を送りながら話す日本人も増えてきました。でも、そこにはある種の「押し付けがましさ」や「自信たっぷり」といったようすが見て取れて、相手に警戒感を抱かせてしまうこともあります。では、アイコンタクトは不要かと言えば、そんなことはありません。ビジネスは「グローバル化」してアイ・コンタクトしながらの交渉が当たり前になった。一般の人の意識もしだいに変わってきました。目をそらせながら話をすると、言い分に自信がないのかと思われてしまう。日本人どうしの場合は、「押し付けがましさ」や「わずらわしさ」を感じさせないていどの(つまりアメリカ人よりも抑えたソフトな)アイコンタクトに、相手を動かすツボがあるように思っています。

 相手に1、2秒視線を送る。3秒以上になると相手はわずらわしく感じます。わずらわしくないのは恋人どうしの場合だけです。恋人でもない相手にそうしたアイ・コンタクトをするのは、「色目を遣う」というヤツです。

 私は人一倍、他人の視線をまぶしく感じる性格です。そんな私が試みたアイコンタクトの訓練法を紹介しましょう。視線に対する免疫を作って、視線を浴びる緊張に鈍感になる方法です。

 スピーチクラブに参加して、会員たちの前で準備したスピーチをしなくてはいけなくなりました。会場の出席者たちに視線を送りながら話ができるようになるにはどうすればいいか。私にあるアイデアが浮かびました。書斎にあった古新聞をめくると、星野仙一さんの載った新聞広告がありました。白いシャツで微笑んでいるものの、「燃える男」の怒ったら怖そうな雰囲気は健在でした。

 バスト・ショットの写真を実物大に拡大コピーして、ダンボール箱にピンで留めた。シャツよりもスーツのほうが緊張感が出るかなと、筆ペンでスーツを描いたのも混ぜた。ダンボール箱6個をずらりと並べて、6人の星野さんの前でスピーチの練習をしました。「キイ・マンの星野さんも、そう思うでしょう!」話のポイントでしっかりと視線を送りながら、こころのなかで呼びかけます。1、2秒で視線をはずして、別の星野さんに移す。
 私の場合はたまたま星野さんだったわけですが、もっと怖そうな人がいいかもしれない。かつては威圧感のある政治家が大勢いましたが、最近ではなかなかそういう面構えが少なくなった。そうした中でお勧めは、鳩山兄弟の弟さんのほうの鳩山邦夫さん、都知事の石原慎太郎さん。読売の総帥・渡辺恒雄(ナベツネ)さんも適任でしょう。インターネットで探してプリントアウトすれば、顔写真がかんたんに手に入ります。そうした人たちを取り混ぜて、ずらっと並んでいただいて、その前でスピーチやプレゼンのリハーサルをする。なんと豪華な聴衆でしょう。

 この練習をして本番に臨めば、じっさいのプレゼンはずっと楽になるはずです。どんな顔ぶれが会議に出席するにしろ、鳩山さんや石原さんほどの威圧感はないでしょうから。
 女性では、事業仕分けで役人を震え上がらせた参議院議員の蓮舫さんもお勧めです。「この企画を採用することが御社に大きな利益をもたらすと信じています、蓮舫さん!これから企画の内容をご説明いたします……」プレゼンの練習相手として打ってつけです。

 アイ・コンタクトの訓練法をもうひとつ。電車の座席に座れたときには、反対側の席に座った人を一人ずつ、順にアイ・コンタクトしていきましょう。そのさいは、ガンをつけていると思われないよう、くれぐれも微笑みは絶やさないように。



第一章 隣りのCMプランナー                            5)「ネーミングがイメージを変えるとき」 

5)「ネーミングがイメージを変えるとき」 (コピー・ライターのDさんへ)

先日、父の祝い事があり、ちょっと奮発して両親と我が家族で生け簀料理の店に行きました。

オコゼの活き造りを頼んだのですが、その姿を見た娘の言葉には困ってしまった。「かわいそう」、とか「ザンコクー」とか言ったわけではありません。いつ覚えたのか、箸につけた日本酒をオコゼの口の所に持っていって、オコゼがピクピク動くのを楽しんだりしている。躾(しつけ)としてどうか、という問題はあるものの、フィッシュ・イーターである日本人の子供なのだから、魚を食べ物として冷静に見ているのは、むしろ良いこと。問題なのは、「この顔、××ちゃんのお父さんに似てるね」などと言いだし、妻もつられて「面白い顔してるわね」、と「顔」、「顔」の連発になったことである。

僕は食欲をなくしそうになってあわてた。「顔はやめなさい、顔は。魚に顔があるもんか。魚は「頭」だろうが」。

言ったとたんに、オコゼは大きな口をパクリと開けて、ほんとに××ちゃんのお父さんそっくりの「顔」になったあと、絶命した。

魚好きの僕はすぐに気を取り直して美味しくいただいたのですが、やはり「魚の顔」はいけません。

日本人は肉を「牛肉」、「豚肉」と呼ぶけれど、これは肉食の歴史がまだ浅いからかも知れません。英語では「カウ」と「ビーフ」、「ピッグ」と「ポーク」は、はっきりと分けています。言葉を変えることで、生き物としての「牛」と、食糧としての「肉」を区別している。いや、むしろ別の物と考えているから、別の言葉が付いたというのが本当かも知れません。

少年時代、田舎の僕の家ではヤギを飼っていました。子ヤギが生まれて、雄でした。草を食べるようになると、毎日外に連れだして遊びました。初めは、「ヤギ、ヤギ」と呼んでいたのですが、名前をつけたくなって祖父に話すと、叱られました。絶対に名前はいかん、と言われました。仕方なく、「ヤギ」と呼んでいたのですが、ある日、オートバイのおじさんが来て「ヤギ」は荷台のかごに押し込められて売られていきました。

一緒に遊んでいた日々のことが忘れられず、食卓に家族が揃っているとき尋ねました

「あのヤギ、どうしてるかなあ」

母が、「いい人に貰われて、元気に暮らしてるよ」と言いました。父のほうを見ると、黙って箸を動かしています。その時、祖父が何の屈託もなく言いました。

「今頃は、ハムになっとろう」

あの日のショックは忘れられません。それから何年かは、ハムが食べられませんでした。

さて、広告の世界では、イメージを変えるために新しい名前を付けたり、呼び方を変えたりということをよくやります。いたずらに日本語をいじるのは、どうかと思うけど、その方が実態に迫れるということが確かにある。以前、団塊世代が中年にさしかかった時に生まれた、「ナイス・ミドル」や「スニーカー・ミドル」。中年という言葉が、実態とそぐわなくなっていたところにピタリとはまった。実態が身の丈にあった言葉の服を手に入れた、という感じがありました。

そして不思議なことに、新しい言葉が付くと、それまで変わろうとしなかった「中年」の人たちまで、言葉のイメージを追いかけるように、ナイスなミドルに変わっていきました。

今、元気な老人がどんどん増えています。「老人」という言葉に納まり切らなくなった時、しっくりと体になじむのはどんな言葉だろう。できれば英語じゃなくて、日本語のほうがいいなと思います。今までは、新しいことに名前を付けようとすると、どうしても英語になりがちでした。日本語に、実態と釣り合う新鮮な言葉が見つからず、やむなく……というケースが多かった。での最近では、たとえば「まいどカード」や「撮りっきりコニカ」のように、力のある日本語の発見がうまくいき始めたように思います。僕自身も、この頃、日本、特に中世の精神世界に共感を覚えることが多くなっています。

「新老人」を呼ぶ新しい言葉は、もしかしたら、そのあたりから生まれてくるのかも知れません。

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「コピー年鑑」の名簿欄で

しばらく、林真理子さんと

席が隣り同士だった。

ただそれだけの

清らかな関係であった。

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※「カウ」と「ビーフ」、「ピッグ」と「ポーク」の関係については、ある人から次のような指摘をされた。

イギリスの王室にフランス王室の姫が嫁ぐとき、料理人を伴って渡英した。ビーフ、ポークはフランス語に由来する。つまり、食材としての動物はフランス語で呼ばれたという話だった。(2010年2月に林・記)



第一章 隣りのCMプランナー                          4)「競合商品」

4)「競合商品」 (友人のTクンへ)

 福岡発、東京行き。家族のもとに帰る飛行機の中で考えた。月に三度くらいのペースで帰っているが、うち、一回は出張。一回は「単身赴任帰省交通費」が支給される。後の一回は、今回のように自費である。

 会社から空港までは地下鉄で220円。航空運賃は、ANAの単身赴任者用の割引「ウイーク・エンド・スマイル」で38500円。モノレール、電車と乗り継いで自宅まで900円。往復の費用、しめて4万8千40円也。

 家に着くのは午後11時。従って、家にいられるのは金曜は1時間。土曜日曜で48時間。月曜は朝7時には家を出るから、全部足すと1+48+7で56時間。48040円を56で割ると、約858円。つまり、妻と娘と過ごすためには1時間当たり858円がかかるのである。待てまて、寝ている時間ははずした方がいい。7時間×3を引こう。家族と一緒にいると実感できるのは正味35時間になる。48040を35で割ると、単価は一気に1373円に跳ね上がる。娘と妻のタイム・チャージは一時間、1373円なのだ。二人それぞれに、どう配分するかは難しい問題であるが、仮に小学六年生の娘に1000円、妻には273円のタイム・チャージを付けることにする。単に分けやすいからで、他意はない。
 
 さて、CMプランナーの習性として、「競合商品」ということを考えてしまう。同じ市場にある他メーカーの商品である。A社のクルマにとって、B社の同じクラスのクルマは競合商品だ。お互いに、相手のクルマよりどれだけお得で優れているかをアピールする。ところが、A社のクルマの競合商品は、じつは他にもたくさんある。買おうかなと思っている人の心を覗いてみれば、「A社のクルマを買おうかな、それともミラノへ行って買い物しようかな」と考えていたりする。クルマを買うか、マンションの頭金にするかで迷っている人だっている。単にB社と較べてここがいいと言うだけでは不十分なのである。A社のクルマを買うと、ミラノでも手に入らない、マンションの頭金でも実現できない、こんなに素晴らしいことがありますよ、ということも訴える必要が出てくる。そこがCMプランナーの腕の見せ所であり、しんどい所でもあるわけです。

 値段という物差しで測った時に、娘と過ごす時間は何と競合するのだろう。娘と過ごす1時間は、先ほどの計算によると1000円に相当する。これは、福岡では生け簀のイカをさばいてくれる、昼の定食「イカ丼」と競合する。娘と過ごす3時間は、マライア・キャリーのCDアルバムと競合する。娘と過ごす一日は、Kスイスのスニーカーと競合する。娘と過ごす二日間は、携帯電話と競合する。ちなみに、妻と過ごす一時間、273円は、徒歩通勤の途中にある「たまや肉店」の牛上肉100グラムと競合する。単に競合するのであって、他意はない。

 自費で東京に帰るということは、どの競合商品と較べても、家族と過ごすほうを選んでいるということになる。はたして、賢い消費者だろうか。浮かぶ疑問を急いで振り払う。これからの二日間、一分たりともムダに使ってなるものか。決意も新たに、僕を乗せた飛行機は夜の羽田空港に着陸した。

 家にたどり着くと、水割りなど飲みながら一応待っていてくれた妻は、もう眠そうである。「先に寝ていいよ」と声をかけると、待ってましたとばかりに、「ゴメン」と言って、一時間373円の人は寝室へ行ってしまった。頭がボーとしている。飛行機のスピードについて来れなかったタマシイが帰宅するまで、眠れそうもない。二本目のカンビールを開ける。娘はとっくに寝てしまっている。

 土曜日。目は覚めるが、まぶたが開かない。どこかで聞き慣れない音がしている。そうだ、家に帰って来たんだ。妻が朝食を作っているのだ。娘のベッドにもぐりこむ。寝込みを襲われた若い女はコチョコチョ攻撃に身悶える。至福の時である。「やめろよ」「バカァ」とかの抵抗を物ともせず、父は欲情の化身となってくすぐりまくる。この5分間、約83円は激安である。子離れできないバカ親父と、言うなら言え。

 朝食を終えて、さて、高価な時間をコミュニケーションに費やそうと思うと、すでに娘はレンタルビデオを見始めている。
「『蛍の墓』だよ。戦争中のかわいそうなお話だよ」
 こちらが「またアニメか」と言う前に、しっかり牽制球を投げてくる。渋滞に巻き込まれたタクシーのように、カチャ、カチャとメーターだけが上がってゆく音を聞きながら一緒にビデオを見る。いつのまにか、こちらがストーリーに引き込まれている。

 午後になると、もうタクシー・メーターの音は聞こえなくなる。僕がいつもいた頃の、家族の時間が流れ始める。ただ、少しだけ変わったことがある。「このビデオを見て、お前はどう思った?
お父さんはね……」というような会話を交わしていることに気づく。一緒にいればわかったつもりになれるのだろうが、娘の考えていることをわかったつもりになれないから、聞いてみたくなる。返ってくる言葉に成長の跡が見えたりする。

 そして、月曜日。ゴミを捨てるのを口実に、マンションの玄関まで娘を送ってゆく。これは単身赴任する前からの習慣である。角を曲がるまで見送る。口笛を吹くと、娘はふりむいて大きく手を振る。一緒にいた頃は、「恥ずかしいから絶対やめて」と怒っていたのに……。

 部屋へ戻るエレベーターの中で、「ま、いいか」と思う。がんばろうね、と戦友同志のような言葉を妻と交わしたこと。娘を抱きしめてやったら、ギュッと抱きしめ返してきたこと。大きく手を振ってくれたこと。四万八千四十円で、あれだけのものが手に入ったんだから。

 そして僕は決心するのである。今日からしばらくは、博多ラーメンで過ごそう。



第一章 隣りのCMプランナー                          3)「一年間の消費量」

3)「一年間の消費量」 (演出家のHさんへ)

 自分が一年間に使うトイレット・ペーパーが、どのくらいの量になるか知っていますか? 僕は知っています。26ロール。何故そんなことがわかるのか。じつは、一人暮らしを始めてちょうど半年が過ぎたのを機に、男一人が生活必需品をどのくらい消費するものか、調べてみようと思ったのです。一年経ってしまうと、買った回数も、捨てた空き箱の数も忘れてしまう。半年なら、まだ覚えている。年間消費量だって二倍すればすぐわかる。これは、今しか調査できない貴重なデータであるぞ、と集計してみたのであります。

 さて、僕がこの半年間に消費した、主な生活必需品。

  • トイレット・ペーパー、13ロール。
  • 石鹸(風呂用)、6個。1ヵ月にちょうど1個ということになる。
  • ティッシュ、7箱。花粉症の季節をはずれたので意外に少ない。
  • シェービング・フォーム、2本半。口の上と、あごにしか髭の生えない体質なので、たぶんHさんより少ないはず。
  • シャンプー・リンスは「ちゃん・りん・しゃん」のポンプ・タイプ、2本。僕の髪は、毛根に根性のあるタイプなので、毛根が潔いタイプのHさんよりも、使用量は多いでしょう。
  • ヘア・トニックは「ブラバス」。ちょっと大きめの270cc入り、1本と3分の2。アフター・シェイブローションがわりに使ったり、脇の下につけたりと、何でもヘア・トニックで間に合わせているので、これも多い方でしょう。十代の時、毛が濃くならないかと試してみたのが習慣になってしまった。
  • 米、15キログラム。朝はほとんど炊いている。えらい!
  • 醤油、卓上のキッコウマン3本と中くらいのボトル1本。「郷に入れば:」で、馴染みやすい性格なのですが、九州の醤油は甘ったるいのが、ちょっと……。で、キッコウマン。
  • 味噌、3パック。野上弥生子大先生の実家である醸造元の製品、「三年仕込み昔語り」。大分まで行かないと手に入らない。
  • 砂糖、20グラム。普段の生活では全く使わない。風邪の特効薬「生姜湯」に二、三回入れただけ。これは効きますよ。スーパーで売っている生姜を半分くらいガーッとすりおろして、茶漉に入れて熱湯をドーッ。それに、砂糖を少々。ハフハフ飲んだら、すぐ寝ること。刺激がグワーンと来て、寝汗がドバーッ。すかさずパジャマを着替える。ひき始めの、ゾクッときた時にこれをやると一発です。
  • 洗濯用の洗剤、1箱と半分。洗濯は一週間に二回。たまに一回のことも。

 と、まあこんな結果です。こうしてみると、人間っていろんなものを体にくっつけたり、入れたりして暮らしているヘンな生き物だなという気がしてきます。
 
 ところで、クイズなどで、「洗剤、一年分プレゼント」などというのがあります。一年分って、どういう計算から出てくるんだろう、と思って聞いてみたことがある。洗剤関係のクライアントを担当している彼によると、「平均的な家庭で一年間に使う量で、かなり正確な数字ですよ」とのこと。レギュラーサイズの洗剤は1箱で約60回洗濯できる。一日二回の計算で、(えっ、平均的な家庭では二回も洗濯するのかと驚いた)ちょうど一ヵ月分。つまり、一ヵ月で使い切る量が、1箱に入れてあるのだそうです。だから、「洗剤一年分」というのは、12箱が正解。「じゃあ、石鹸は?」と聞くと、かなり困った様子で、「一回の使用量がはっきりしないものは難しいんですよね。「石鹸、一年分プレゼント」とは言わないと思いますよ」。

 ところがである。今回の、文字通り体を張った調査によって、知られざる事実が判明したのである。僕が6ヵ月間に使った石鹸は6個。洗剤に見られた、「1ファミリー、1ヵ月、1個」の原則はここには無い。そのかわり石鹸には「1人、1ヵ月、1個」の原則が存在していたのである。これは、絶対に偶然なんかではない。一人が1ヵ月で使い切ることを考慮して、大きさを決めた人がいたはずである。たとえば、2ヵ月の旅に出る人に、2個の石鹸を渡せるように。そんなことを考えながら体を洗うと、何だか暖かい気持ちになってくる。

 陶芸をやり始めてすぐの頃、こんなことを教わった。物のサイズは、人間のサイズから自ずと決まってくる、と。たとえば、持ちやすい湯飲みの径は八センチ。これは、手を楽にした時の、親指と中指の距離。だからビール瓶も直径8センチ。運びやすいお盆の径は36センチ。これは、腰の幅と同じ。石鹸には、一人が1ヵ月で使い切る大きさという、人間の時間が配慮がされているのが嬉しい。

 ところで、トイレット・ペーパーですが、聞くところによると、四人家族の平均使用量は1ヵ月14ロール。60メートル巻きだから、計算すると一人、1日7メートルということになります。僕は4メートル70センチ。何故か、人よりも、かなり少ないことが判明した。少しくらい、くっついていても気にならない性格なのか。それとも、特別キレのいい機能を備えているのか。そのあたりのデリケートな部分の絞り込みと、本腰を入れてのウンチクは、今後の課題です。

 一日の消費量が、人よりも2メートル30センチ短いトイレット・ペーパー。一生の間にはどのくらい節約できて、そしてそれは、木にすると何本分くらいに当たるのだろう。そんなことを、ふと考えました。



第一章 隣りのCMプランナー                          2)「阪神大震災と広告」

 2)「阪神大震災と広告」 (後輩のCMプランナー・F君へ)

 引っ越しの準備は進んでいますか。長くても五年の支社勤めのはずが、頑張ってしまうFクンの性格が災いして、気に入られてしまったのだろう。東京に戻るのが一年遅れて、そのせいで、阪神大震災にあってしまった。えらい大阪生活やったねえ。転勤組の大半が、芦屋や神戸方面に住むのに、F君が決めたのは逆方向の吹田市。何かあったときのことを考えると、西の方には住む気になれなかった、と言っていたけど、今度のことが起きてみると、やはり建築学科卒の目は確かなんだなと感心した。

 さて、ACC(全日本CM放送連盟)の受賞パーティーに行ってきました。95年度のグランプリ・郵政大臣賞は、公共広告の「阪神大震災・井戸水編」。やはり、今年のCMの成果はあれに尽きるだろうと思う。受賞の言葉の中で、あのCMの生まれたいきさつを聞くことができた。制作スタッフを代表して挨拶に立った大阪電通の堀井博次さんの話がとてもよかったので知らせようと思う。

 一月十七日の震災から五日経った日曜日。同社の支社長から、堀井さんの家に電話があった。
「いま流れてる公共広告、どう思う?」
 CMの自粛で、既存の公共広告が穴埋め的に流されていた。「空き缶のポイ捨てをやめよう」とか、「川をきれいに」……。空き缶を捨てようにも、缶の出てくれる自動販売機がどこにある。川をきれいに、と言われても、そもそも川に捨てる物がない。人々の生活実感と、あまりにもかけ離れたCMばかりだった。
「そやろ、何とかならへんもんかなあ……」。被災した人が元気の出るようなCMはできないもんやろか、ということで意見が一致した。

 翌日の月曜日には、スタッフが集まって企画会議。メンバーの一人から、「駅まで歩いて、あと十五分。がんばって」という貼り紙を見たけど、あれには励まされた、という話が出た。「それや!」となって、次の日にはVTRカメラを持って町に出ての取材が始まった。
「水、出てるよ。水、持ってって! そやけど、ナマで飲まんといてな。ポンポンこわすよってに……」のCMは、そうやって生まれた。

 立ち見で聞いた、堀井さんの話。飄々とした喋りに時折笑わせられながら、僕はとても感動していました。ひとつの思いが次々に人を動かして、あのCMができた。「いま流れてる公共広告、どう思う?」始めに疑問符を提示した大阪電通の支社長は立派です。自粛されたCMの、穴埋めとして出てきた公共広告だからといって、生活実感とかけ離れすぎていることが許せないと思える、アドマンとしての健全さ。被災して一週間に満たない極限状況だったことを思うと、そのバランス感覚が際立ちます。

 受賞のスタッフとしては、おそらく名前が載らない立場の人だけれど、こういう人によって、CMがプロデュースされたんだよね。広告にはもっとできることがあることを教えてくれた。

 もうひとつ思ったのは、こんなことです。僕があの貼り紙を神戸の町で見たとして、それが被災した人を励ますCMになるという判断が下せるだろうか。大災害の後の市民を励ますCMなんて、誰も作ったことがない、どこにもお手本はない。ケチがつかないかと弱気になれば、何もできなくなる。例えば、水道が復旧しましたよ、という告知と間違えないだろうか。井戸水はどこのものでもナマでは飲めない、と誤解されないか。「これでいける」という決断は、勇気のいる、クリエイティブの冒険だったはずです。

 あの制作グループは、「タンスにゴン」とか「はじっこ歩きなさいよ」とかの、キンチョーの名作CMも作ってはるパワフルな集団やけど、人間の本質を掴んではりますわな。
 あ、掴むで思い出したけど、ホンマかどうかは知りまへん、人から聞いた話でっせ。今度のCMを中心になって作らはった人で、僕の尊敬しているプランナーが、初めてキンチョーさんに挨拶に行ったときのことらしいですわ。手を差し出されて、握手かと思ったら、いきなり別のところを握られたちゅう話や。関西っちゅうとこはホンマにどないなっとんのやろ。

 また、おなじプランナーの人が、あるメーカーのCMを提案しに行かはったときのこと。このCMにピッタリのモデルがいるんです、言うて出した写真というのが、ほれ、電話ボックスによく貼ってあるピンク・チラシ。そら、クライアントの皆さん、どういうつもりやろと思わはって、反応のしようがおまへんわな。そしたら、「これがダメなら……」と、次から次にピンク・チラシを会議室のテーブルに並べはったそうで……。あ、これも真偽のほどは定かやおまへんで。しかし、まあ、ホンマやとしたら、たいしたサムライですわな。わたしら、逆立ちしてもそんな真似はでけしまへんわ。キャラクターの違いもあるし、何しろあっちは天才やからな。真似したら、そら、えらい目にあいまっせ。

 関西のアナーキーな人たちのこと書いとったら、なんや関西弁になってしもうた。戻そう。
 
 震災から二ヵ月半あとの、四月一日付けで僕に転勤の辞令が出ましてん。あ、ちっとも直ってへんわ。いかんな、大阪弁はクセになる。その辞令の通達を見て、大阪にいる同期のヤツが電話をくれた。
「いろいろ考えるところがあるだろうと思ってさ」
彼も東京からの転勤組である。行って一年で震災にあった。
「やっとガスが出るようになって、自分の家で風呂に入れるようになったよ」

 彼と話しながら、オレは、つくづく自分のことをちいせえなあと思ったよ。彼はそんな状況にありながら、オレのことを考えてくれてるんだもんな。こっちは、自分の単身赴任の心配ばっかりしてた。その電話の数日後、引っ越しの荷造りの最中に、もう一本、関西から電話をもらった。大阪に単身赴任してわずか二週間で震災にあって、ホテル暮らしの身となった先輩からだった。
「やっとマンションに戻ってきたところだよ。炊飯器とか、所帯道具をいっぱい抱えてホテルを出たとこで、東京から出張してきたヤツと会っちゃって、イヤだったな。ハハハ」
被災地からの二本の電話の声は明るかった。こちらは、ずっと小さな出来事なのに、励まされる立場に終始していた。

 95年度の流行語大賞には、「NOMO」、「無党派」と並んで「がんばろうKOBE」が選ばれた。被災地の関西に、逆に励まされた僕のような人間も、きっとたくさんいたんじゃないかな。

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 公共広告機構  震災支援「井戸水篇」15秒CM

 〔映像〕(被災地の一角。ベニヤ板に手書きされた文字)

水、自由に使って下さい
  水、自由に使って下さい
  そのままでは飲めません

 〔音声〕(市民の声)
  水、出てるよ、水。
  持ってってー
  そやけど、生で飲まんといてな。
  ポンポンこわすよってに。
  水、水、出てるでー
  水、持ってってー

〔ナレーション〕
  「人を救うのは、人しかいない」



第一章 隣りのCMプランナー                         1)「恐縮ですが、コマーシャルです」  久米 宏様

 1)「恐縮ですが、コマーシャルです」  久米 宏様

 死者五千人という数字が、いまだに実感をもって想像することができません。五千という数字は僕が勤める会社の全社員数を上回ります。娘の小学校の全校生徒の五倍にあたり、暮れに書いた年賀状の四十倍。失われた命の数に圧倒されます。

 阪神大震災から一週間が経ち、テレビは避難所やテントでの生活を送る人びとの様子を伝えています。「いま、いちばん欲しい物、したいことは何ですか」との問いかけに、「下着が欲しい」「温かい食べ物が欲しい」「風呂に入りたい」「早く葬式をして仏さんにしてやりたい」。そんな言葉に接するたびに、自分の今までの価値観に大きな地割れが生じているのを感じています。

 自分にとって、大事なこと、さほどでもないこと、どうでもいいこと、それらをキチンと心の中に位置づけて生きていかねばいかんな、と。そしてまた、広告を職業としている立場としても考えさせられることがありました。

 地震当日のニュース・ステーションを見ていたときのことです。淡路島の避難所の様子をレポーターが伝えたのを受けて、久米さんは「では、恐縮ですがコマーシャルです」と言いました。僕には何かひっかかるものがありました。僕たちの作っているCMは、大惨事の前では恐縮して身を縮めながら見てもらわなければならないのか、といった心の動き方ではなくて、何だかCMがかわいそうな気がしました。司会者に「無神経なヤツです」と紹介されて、それでも立ちあがってあいさつしなくてはいけないときのような、やり切れなさを感じました。

 大事件のさいには、テレビ局にはCMを外して番組を続けられる契約がスポンサーとの間にあるはずです。でも、テレビ朝日はその決定をしなかった。そうであるなら、言い訳めいたことをアタマに振ってからCMを流してほしくはなかった。

 おそらく、久米さんの「恐縮ですが」には次のような心理が働いていたのだと思います。
「こんな時にまで商魂たくましくモノを売ろうとするなんて、なんとデリカシーのないスポンサーなんでしょうネ。CMをカットしない局の幹部も同類です。ボクはそんな連中とは違いますよ」

 久米さんの心の中は見えませんが、「こんなときにノー天気なCMを流してスミマセッ」という配慮の気持ちが働いたのは確かでしょう。何度もあったCMタイムの前に「恐縮ですが……」と付け加えたのはたった一度だけ。それは久米さんを久米宏たらしめているバランス感覚なのでしょう。

 久米さんの申しわけなさそうな表情のあと、CMがノコノコ出てきました。次々に流れてくるCMを見ているうちに、僕は不思議な気持ちに襲われました。助手席にエア・バッグを標準装備したフォードのCM。「思いどおりの子に育ってるわ」と竹下景子さんがほほ笑む殖産住宅「ホーメスト」のCM。寝るときのカユミを抑える大塚製薬のクスリ。剃り残しなしのシックのシェーバー。八段飾り、久月のひな人形。これらのCMからは、生活する人たちのさまざまな心の姿が見えてきます。

 助手席の大切な人の命を守りたいと思うこと。家を建てることを幸せの証と信じること。アンケートでアゴの剃り残しがいちばん気になると答えた若い女性たち。大きなひな人形を喜ぶ孫の顔が見たい、おじいちゃんとおばあちゃん。

 久米さんの「恐縮ですが」のコメントによって、僕は、大惨事の報道とCMが交互に流れる状態を意識的に体験することになりました。それは、被災した人たちの、昨日と今日の心の中を交互に見る思いがしました。アゴの剃り残しにおおいなる不満を感じること、孫の喜ぶ顔が見たいと思うこと、それが「幸せ」の実体なのかもしれません。

 一緒に組んでいる若いコピー・ライターが、先ほどこんなコピーを書きました。
 「今日は晴れ。時々しあわせ」



プロローグ「CMプランナーって何だ」

プロローグ「CMプランナーって何だ」

CMの仕事は、それぞれの役割にプロフェッショナル性が要求される。制作現場での作業で言うと、プロデューサー、演出家、カメラマン、照明マン、美術、スタイリスト、ヘア・メイク……。それぞれのスタッフが専門の責任分野を受け持っている。例えばタレントに演技を付けるのは、CMプランナーではなくて演出家の仕事だ。「なんだ、じゃあ女優なんかと仲良くなれないじゃないか」と、思うだろうが、残念ながらその認識は正しい。真夜中に女優から電話がかかってきて
「今、六本木で飲んでるんだけど、なんか声が聞きたくなって……。ううん、ひ・と・り……出てこれない?」
なんてことは絶対に無い。それがないから、その先もない。樋口可南子と結婚した糸井さんはコピー・ライター。夏目雅子と結婚した伊集院静氏は、当時CM演出家。CMプランナーは、僕の知っている限り皆無である。それを期待するなら、演出家かカメラマンの方が絶対に有利なのである。
「ここは本物の涙が欲しいんだ。大丈夫、泣けるから。いちばん悲しかったことを思い出してごらん。」とか言って心を開かせておいて……。クッソー、リラックスさせるためとか言って、個人的な話もしてるんだろうな、アイツら。

つい興奮してしまったが、そのような妙な期待を持ってCMプランナーになったりしないように、まずは「CMプランナーとはどんな仕事か」について書いてみることにしよう。

簡単に言えば、CMプランナーとは、クライアントである企業の意を受けてCMを企画し、提案する人。提案が通れば、CMプロデューサー、演出家を始めとする現場のプロの協力を得て、意図どうりのCMに仕上げる責任を持つ。「CMを作る人」というより、「CMを考える人」と言った方が正しいかもしれない。

「ナレーションはコピー・ライターが書くんでしょ」。そう聞かれることが多いのだが、ナレーションもCMプランナーが考える。広告の中でCMの比重が大きくなるにつれて、本来、新聞やポスターなどの印刷媒体が活躍のフィールドだったコピー・ライターやグラフィック・デザイナーがCMの企画に参加することが多くなってきた。CMの企画スタッフに入れば、コピー・ライターだって「こんな言葉で、こんな映像で」とCMとして考える。デザイナーもコピー・ライターも、CMをプランニングしている時はCMプランナーなのである。言葉が得意なら、言葉で考えればいい。映像が得意なら映像でアイデアを出せばいい。要はアイデア・センスの問題で、アイデアが言葉として出てくるか、デザインとして出てくるかの違いだけだ。

僕がこの世界に入った頃はコピー・ライター花盛りで、僕もコピー・ライターを希望したが、配属されたのはCMプランナー。かなりガックリきていた。その時、パワー溢れる上司がこんなことを言ってくれた。
「CMプランナーというのは、コピーもデザインもできなきゃ勤まらないんだぞ。両方できて初めて一人前のプランナーだ」
コピー・ライターのほうがカッコイイと思っていたので、素直には頷けなかったけど、今では後輩に同じことを言っている自分に気がつく。「だからCMプランナーのほうが偉いんだ」という飛躍した結論まで付いている。アイツにはクスリが効きすぎたと、苦い顔をされそうである。

CMプランナーの仕事現場〔一本のCMができるまで〕

(1)オリエンテーション

一本のCMができるまでに、どのくらいの日数がかかるか。これは商品の種類によって違うし、商品開発、ネーミングのあたりから係わると一年くらいかかることもある。ま、一ヵ月半から二ヵ月というのが普通かな。

先ず、クライアントの宣伝部から「オリエンテーション」がある。商品開発の意図、市場の背景、流通体制などについての説明と、広告の目的が話される。このオリエンテーションから全てが始まるのだが、例外もある。この企業には、今こんな広告が必要とされていると考えれば、営業部門と協力して自主的な提案を行う。自主的なプレゼンテーション、略して「自主プレ」。相手に、耳を傾けてみようという姿勢さえあればかなり面白い仕事になる。

(2)プランニング期間

オリエンテーションを受けても、すぐにCMのプランニングに入れるわけではない。具体的に「こんなCMはどうかな」と考え始めるのは、僕の感覚で言うと中盤から。先ずやらなければならないのは、オリエンテーションでもらった情報を、効果的な広告を作るために組み立てなおすという作業だ。

「広告はケンカだ」と言った人がいるが、一面においてそれは正しい。ただしそれは、野次馬がいっぱい集まっている中でのケンカだ。自分が皆からどう思われているのか。相手はどうか。そこを見極めておかないと、勝ったつもりが、とんだ悪役にされてしまう。サルがライオンに噛みつけば拍手喝采だが、逆の場合はブーイングである。「サルさんガンバレ!」のコールが起きたり、「エテ公を相手にするとは、百獣の王も落ちぶれたものだ」と、それまでのファンさえ離れてしまうことがある。同じ土俵に乗ってしまった時点で、すでにライオンの負け。ケンカを仕掛けたサルの作戦勝ちである。

クライアントの企業が、その業界の中でどんな位置にいるのか。ガリバーのような巨人なのか、群雄割拠なのか。一般の人々からはどう思われているのか。ライバル企業はどこなのか。相手の商品はどんな評価を受けているのか。そのあたりを睨んだうえで、「土俵をどこに作るか、そこで何を言うか」を考える。今の時代に、その商品の何をアピールすれば、「あ、あれいいな」と思ってもらえるのか。これはいつも迷い、悩むところだ。

ある時、先輩がいいことを教えてくれた。「敵が悔しがる広告が、効果的な広告なんだよ」。聞いた時は、まさに「目からウロコ」であった。それ以来、「何を言うか」を見極める時、「これで敵は悔しがるか」と自問自答するようになった。このあたりまでの作業は、マーケティング部門のスタッフと打合せしながら進める。

「何を言うか」が見つかったら、次は「どう言うか」。いよいよ具体的なCMプランに入る。人気タレントを起用した方が、商品の目印になりやすいかな。顔の知られていない人の方が、使う時の実感が出るかな。いやいや、商品だけで迫った方が「自信を持って新発売しましたッ!」という気合が伝わるかな。CMのトーンはどうしよう。笑えるCMのほうが早く心を開いてくれるかな。ドラマのほうが共感を取りやすいかな。などと、アプローチの方法を考える。商品広告は、同時に企業イメージを作ることにもなるわけで、「どう言うか」はとても大切なことだ。

「きて、みて、さわって。富士通のお店へ」の、おじさんアニメのCMなど、「親しみの持てる会社になりたい」という、企業の願いがテレビ画面の向こうに見えてくる。ちなみに、この原稿は富士通の「オアシス」で打っています。いくぶん無骨なスタイルで、「いいものを作れば売れるんだ」といった理科系の気骨が感じられて大好きなんだけど、売り場においては愛敬も必要。あのCMは、オアシスのファンを裏切ることなく、お店の敷居を低くした。楽しいCMの中に、企業の戦略がしっかりとある。

企業の「こう見られたい」という方向と、CMプランナーの「好きな世界」が一致すると、とても楽しい仕事になる。「お客さん、ここから先は趣味ですからメーター倒しましょう。家に持ち帰ってウイスキーでもなめながら朝までやりますよ」。てな気分で、CMプランナーはワクワクしながら頑張ってしまうのである。

(3)絵コンテの作成

CMのイメージを一枚の紙に書いたものを絵コンテという。普通は、五、六コマの映像イメージと、ナレーションが書いてある。それぞれのCMプランナーが自分で書いた絵コンテを持ち寄って、提案するプランを選ぶ。二人でやる場合は、和気あいあいと進むことが多いが、四、五人ともなるとそうはいかない。CMプランナー同志の暗闘が繰り広げられる。A3の大きな紙に、ぶっといサインペンで描いてくるヤツ。少しでも見栄えを良くして、自分の企画を通そうという魂胆である。いかに自分のプランが面白いかを滔々と喋るヤツ。(こっちもシロートじゃないから、そこまで言わずとも、ツマランことぐらいわかるわい)。用意してきたプランがあるくせに、その場でやおら描きはじめるというパフォーマンスで勝負するヤツ。「これ、面白いなあ」などとお互いに批評しながら、心中おだやかではない。そうして四、五点が選び出される。レベルに達した案が少なければ、「じゃ、あさって、また集まろうや」となる。

複数の広告会社による競合提案の場合は、勝つことが大命題になるので提案点数も増える。相手の作戦を読むことにもエネルギーを取られることになる。

さて、選び出したプランをコンテ・マンに渡す。コンテ・マンは、僕のひどい絵を見事なカラーの絵に変えてくれる。「いや、これはね、タコが踊ってるんじゃなくて、二十代のビジネスマンが走っているところを、斜め上から見たとこ」なんて説明しながら頼む。清書された絵コンテがあがってくるまで三、四日かかる。その間に、企画書を書いたり、ナレーションをいじってみたりと、まだまだ睡眠不足の日が続く。

(4)プレゼンテーション

絵コンテと企画書を持ってクライアントの宣伝部に行き、CMの提案をする。これをプレゼンテーションという。略して「プレゼン」。僕は、プレゼンテーションはプレゼント・エイションだと勝手に思っている。僕ならではのアイデアをクライアントにプレゼントしてあげるんだと、自分を鼓舞する。何日も徹夜して仕上げたプランが、CMになるかゴミになるか。CMプランナーにとっては、勝負の時。おろしたてのパンツでピシッとキメたりする。

もともと僕はあがりやすいタイプで、人前で喋るのは大嫌いである。喋っているうちに自分で何を言っているんだかわからなくなることすら、ときどきある。そこに集まっている全員に向かって話していると思うから緊張するのだと気がつき、反応のいい人を見つけて、その人ひとりに話すようなつもりでやるように変えたのだが、これには大きな欠点があった。大きなプレゼンになると、二、三十人を前にいきなり話すことになる。前もっての名刺交換はない。そのような場で、大きく頷きながら聞いてくれる人には、えてして決定権がないのである。苦虫を噛みつぶしたような顔で聞いていた人が、実はツルの一声の持ち主だったと、後に判明したりする。どうやら、うなずく頻度と当事者意識とは、反比例するらしい。困ったものである。

最近では、必要以上に自分を良く見せようとしてもしょうがないと思うようになって、あがらなくなった。ともかく、CMプランナーのアタマの中から出てきた目の覚めるようなアイデアを、一時間にも渡って真剣に聞いてもらえるのが、プレゼンテーションなのである。部長さん、どうしました?寝冷えしますよ。

(5)演出コンテの作成

クライアント幹部のOKが出て、採用と決まると、CMプロデューサーに相談する。仕上がりのトーンのこと、スタッフのこと、スケジュールのこと、予算のこと。「しっかし、大胆なプランを出したものですね、この予算で」。この場合、プロデューサーはプランの大胆さを褒めているわけではない。

できれば、プランニング段階からプロデューサーに相談しておいた方が、あとがスムーズだ。「ま、何とかしましょう」とプロデューサーが言ってくれれば、まずは、演出家をだれにするかを決める。そのCMプランを上手に料理してくれそうな人だ。都合がつきしだい演出家に会って、CMの狙いを伝える。

演出家は、テレビから流れた時にどう見えるか、という目でそれまでのCMプランをとらえ直す。「十七才の揺れる気持ちを表現したいのなら、何をしてるかを説明的に見せる必要はないんじゃないかな。彼女の表情だけを追った方が効果的ですよ」。そんな、演出家としての提案が返ってくる。CMプランナーがトンネルの入口側から掘り進んできたのに対して、演出家は出口側から掘ってくる感じだ。お互いがある地点で出会えるな、と確信が持てるまで話し合う。途中で、ずれてることに気がついてからでは遅すぎる。

何日か置いて演出コンテがあがってくる。プランナーは、それを持ってクライアントに行き、変更点などの説明をする。

(6)オール・スタッフ打合せ

スタッフ全員が集まって、撮影の具体的な打合せに入る。できあがるCMのイメージを絞り込んでゆく。カメラは何ミリのレンズを使うか。クレーンは必要か。ライティングはどうするか。タレントに何を着せるか。カメラマン、照明マン、美術、スタイリスト、ヘア・メイク、それぞれの専門分野を担当するスタッフが納得のいくまで演出家と話し合う。

CMには偶然が入り込む余地はほとんどない。画面に映る物すべてが、何かの意図を持って集められている。たとえば、女優の後ろに見える木の葉が揺れていたら、自然の風が流れているように見せるために扇風機を当てている。男の顔に汗が浮かんでいれば、それはカメラを回す直前にスプレーされた水だ。人物の着ている服は、その設定にふさわしいものをスタイリストが探してきたもの。気に入ったものが見つからなければ、自分でデザインするし、欲しい色に染めるという姿勢で仕事をしている人が多い。

「人物のバックに、しゃれた絵が欲しいな」「著作権の問題があるから、僕が描きますよ。真っ赤なバラ一輪なんてどうですか」と、美術スタッフ。

打合せはまだまだ続いている。CMプランナーのアタマの中に生まれたイメージが、スタッフの力によってどんどん具体的な形になってゆく。僕はわくわくしながら打合せに立ち会っている。

(7)撮影

CMを作るうえで、最も大切な作業であるが、撮影スタジオではCMプランナーとプロデューサーがボケーッとしていられるというのが本当は一番いい。すべて順調に行っているということは、準備万端おこたりなかったということ。プロデューサーの力量と、現場を仕切っている「制作進行(プロダクション・マネージャー、略してPM)」の頑張りの賜物だ。CMプランナーとプロデューサーが額を突き合わせてヒソヒソやっていたり、走り回っていたりというのは、風雲急を告げている証拠。撮影現場では、眠くなるくらいがちょうどいい。

(8)編集

演出家と編集マンがVTRの編集機を相手に格闘している。ときどき、CMプランナーに声がかかる。「まだ途中なんだけど、ちょっと相談したいとこがあるんで、一度見てもらえますか?」。そしてお互いの意見を交換する。

それにしても、編集室での会話は面白い。
「中山美穂のケツをちょっとツマンデ、男の顔にカブセようか」
「あ、そのほうがインサートがキモチイイですね」
などという、中山美穂さんが聞いたら卒倒しそうな言葉が飛び交うが、別にあぶないCMを作っているわけではない。通訳するとこうだ。「中山美穂の出ているシーンの、最後を少し短くして、男の顔にオーバー・ラップさせようか」「あ、そのほうがフラッシュ的に短くいれたシーンが、いい感じですね」

ある女性の演出家と仕事をした時、彼女は「ケツ」と言わないで、上品に「オシリ」と呼んでいた。何だかその方が妙にナマナマしかった。「キモチイイ」もよく使っているけど、ふつう、仕事中に使うような種類の言葉ではない。それぞれの業界には独特の専門用語があるが、編集室の「業界用語」にはヘンなのが多い。

さて、編集に立会いながらCMプランナーは、こんなことを考えてみる。元のCMプランを一度忘れて、今ここにある材料で料理の仕方を変えたら、もっと美味しいCMはできないか。やってみると、時にうまくいくこともある。「お約束のものはできましたが、このようなものも作ってみました。お口に合えばよろしいのですが」と、シェフのような気持ちでクライアントに披露する。いらないと言われても、ダメもとである。プレゼンテーションだけが提案の場ではないと思っている。

(9)MAV

編集が終わればMAV。ナレーションや音楽、音響効果などをミキシングする。MAVが終了すれば、すべてフィニッシュの「お疲れさま」。解放感を味わいつつ、ひとつの仕事が終わってしまうのがちょっと淋しい。

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一本のCMができるまでの大雑把な仕事の流れと、CMプランナーの役割について書いてみました。
CMはすべてオーダー・メイド。二度と同じものを作ることはない。また、担当するCMプランナーが違えば、同じ商品でも全く違う毛色のCMになる。わざわざ、「個性を出そう」なんて意識しなくても、出来上がってみるとその人らしさが出ている。CMプランナーの個性が「出てしまっている」というのが実感です。何をキレイだと思い、何をオモシロイと思い、何をミットモナイと思うか。カッコ良く言ってしまうと、CMプランナーの美意識みたいなものが出てしまっている。商品を売るためにしのぎを削るハードな経済活動の手段に、CMプランナーの個性がはっきり出るというのは、考えてみると不思議です。言葉や映像にかかわる仕事というのは、そういうものかも知れません。そして、そういう所が、僕はとても好きなのです。

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プレゼンテーション。
何日も徹夜して仕上げたプランが
CMになるか、ゴミになるかの
真剣勝負。
まだ説明していないところを
勝手に開けてみないでネ。
プレゼットーエイションなんですもの。



「はじめに」

「はじめに」

 僕が、この本を読んで欲しいと思っているのは次のような人達である。

 これから広告の世界で働いてみたいと思っている人。企業の宣伝・広報関係の部署にいる人。広告会社、CMプロダクション、あるいはフリー・スタッフの立場で広告制作の現場にいる人。仕事とは関係ないが、広告が好きな人。広告が好きじゃない人。

つまり、「広告なんて大嫌い!」という人でなければ、誰にも面白く読んでもらえると思っている。

初めにお断りしておくが、本書は広告業界の面接の達人を養成するものではない。広告名人が自らの広告ジンセーを振り返って、後進に道しるべを残そうとするものでもない。成功する広告キャンペーンのノウ・ハウを伝授するものですらない。ましてや、ヒットCMをネタに時代を斬ろうなどという大それた了見などは持ち合わせていない。

世に広告の本はゴマンとあるが、「広告という仕事」を悪戦苦闘しながらも続けている現役のCMプランナーが、日々の格闘とつぶやきをこれほど丹念に、よくもまあ飽きもせずに書き綴ったものは、他にはあるまいと自負している。

 書いた手紙は全て私信である。実際に出したものもあれば、引出しの中で眠ったままの物もある。広告の制作者である僕と、生活者である僕との間を行ったり来たりしながら、折にふれて感じたことや考えたことのあれこれ。アイデアの浮かばない深夜のデスクで、ライトの届かない撮影スタジオの片隅で、編集室で、ミキシング・ルームで、そして一本のCMを仕上げた後の軽い虚脱感を楽しみながら歩く舗道で、僕は誰かに話しかけてみたかった。

何かの役に立つなどということは全く考えないで書いたが、どう読んでもらっても自由である。あなたが学生であるなら「体験的職業案内」として読んでもかまわない。あなたがクライアントの立場であるなら「CMプランナー操縦法」として読んでもいい。さらに、仕事と直接の関係はないが広告に興味があるという人は「CMの舞台裏レポート」として読んでも差し支えないし、単にヒマつぶしの「広告エッセイ」として読んでもらっても、それはそれで一向に構わないのである。



CMプランナーの仕事術 目次

「CMプランナーの仕事術」洋泉社
 1997年2月15日初版発行

<目次>

はじめに

プロローグ CMプランナーって何だ

第一章 隣のCMプランナー

1)「恐縮ですが、コマーシャルです」
2)阪神大震災と広告
3)一年間の消費量
4)妻との一時間は、牛肉一〇〇グラムと競合する
5)ネーミングがイメージを変えるとき
6)愛が冷めた理由
7)姑の立場とCMと
8)「恥ずかしい」CM

第二章 CM業界A面、B面

9) ホンネ収録、マル秘テープ入手
10)テープB面
11)マーフィーの法則・広告篇
12)TV局のプロデューサーに告ぐ
13)競合プレゼンの功罪
14)プランナーの苦労と、その報われ方
15)作詞家どコピー・ライター
16)コンピュータとコミュニケーション
17)マル秘テープふたたび

第3章 愛すべき人々

18)缶ビールの演技と役者の立場
19)フリー・の立場で仕事を待つとき
20)それぞれのプロの技
21)頭脳派と肉体派
22)「手タレ」という仕事
23)出演交渉の綱引き
24)「そっくり」の無念
25)スティング、スティング、スティング
26)After Ten Years

第4章 CMプランナーの発想法

27)密室の発想
28)アンネとシェーバー
29)長所と短所
30)TV・CMを聴いてみる
31)ラジオから教わること
32)五感言語のパワー
33)子どもの言葉
34)あいまいなもの
35)裏技!「おほめの言葉」のいただき方

第5章 ガンバロウCM!!

36)ほめたくない、けなしたくない
37)「シュワちゃん」とパールハーバー
38)アタマの良くないCMが作りたい
39)企業のパーソナリティ
40)キャンペーンから「作戦」へ
41)中国で見たCM
42)アメリカの公共広告
43)海外のCMを見て
44)「未来をひらく」エネルギー

あとがき



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