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プレゼン研究室 月別アーカイブ: 【9月 2011】

ベランダの四季 4、九月の花

季節の変化に追いつかなくなってしまった。
そこで、今回は今月咲いてくれた花をバタバタと並べます。

睡蓮
ベランダの「池」に咲いた。池と呼んでいるけど、じつはセメントを練るプラスティックの箱に水を溜めたもの。工房からクズ粘土を持ってきて、植木鉢につめて地下茎を植えた。粘土にはイワシの煮干を入れた。睡蓮は魚から栄養分をもらうのだ。わがベランダの池に来て6年ほどになる。

昼顔
洋物だ。ケープタウンなんとかという名前がついていたと思う。おそろしいほどの生命力。宿根で、たしか4年目になる。手すりを這ったあと、桜の樹に登った。ちなみに桜は一昨年から花が咲くようになった。ぐい飲みに日本酒、そこに花びらを一枚浮かべるのが花の季節の定番になった。

槿(むくげ)
伊豆の民家になんとも色の良い槿が咲いていた。10年ほど前のこと。数本もらってきて挿し木にした。一本が根を下ろした。鉢植えのせいか、土の養分の違いか、あの民家の槿の色にはかなわない。


これも伊豆の山の中で調達。冬に切り詰めるが、見事に枝を伸ばす。

これらの写真は、すべて先週の台風の前に撮ったもの。
風で傷んだものもあるが、大きな被害はなかった。



ベランダの四季 3パッションフルーツ

 南国のフルーツが我がベランダで伸び伸びと育っている。種は沖縄生まれで、ひょんなことで知り合った沖縄の女性からいただいたパッションフルーツ。僕の2冊目の本「週末陶芸のすすめ」を購入したいとメールをもらった。せっかく沖縄からなので、おカネのかわりに物々交換しませんかと提案して、僕が本を送り、沖縄からはずっしりと重いフルーツ盛り合わせの箱が届いた。どう考えても僕が得をした物々交換だった。

その箱の中にパッションフルーツも入っていた。噛んだときのプチプチと弾ける感触が好きなのだが、少しの量だけ潰すのを我慢して植木鉢に蒔いて・・・。
蒔いてと言っても、ドロッとしているから土にこすり付けて、土を少量すくって上からパラパラ。あれはたしか3年前の秋のことだった。芽が出て、ヒョロッとしたツルが伸びた。大丈夫かなと心配になるような細さで、寒さを避けて部屋に入れてやった。

 息も絶え絶えといった状態だったが、5株の苗が冬を越して、5月になってベランダへ。夏になってからの伸び方は異様だった。支えの渦巻き支柱をぐんぐん登り、支柱は僕の背の高さまでしかないので、ツルは方向転換させてふたたび下方へ。もういちどテッペンに届いたあたりで、秋になった。たくさん花が咲き、実を付けたのだが、霜が降りる前に部屋に入れた。せっかく伸びた枝を切り詰めたが、実は5個ほど残した。

 部屋の中では日光が足りず、実が落ちるようになった。そして春がめぐってきたと思ったら、最後まで残っていた1個が力尽きた。

 今年、5月になって再びベランダに出した。直径40センチほどの大鉢に植え替え、ツルは思い切り(10cmほどに)切り詰めた。5株のパッションフルーツは、梅雨に入るとツルを伸ばし始めた。様子をうかがっているような伸び方だったのが、7月に入ると暴力的な成長を見せた。背にして立つと、腕に絡まれるのではと妄想させられるほど巻きヒゲが伸びる。しかもヒゲは強靭で、他の植物に絡みつくと、なかなかはずせない。

 8月の中ごろに涼しい日が続いて花が咲いた。しばらく置いて、この2、3日、また数多く咲くようになった。時計草に似た美しい花を咲かせる。宇宙ステーションを思わせたりもする。どこか不気味なのは、あの成長の速度を知っているからか。
今年はフルーツを味わえるだろうか。楽しみにしよう。



ベランダの四季 2「芙蓉(ふよう)」

 酔芙蓉の次が芙蓉では、いかにも芸がない。とはいえ、僕の九州時代、徒歩通勤の途中で出会う芙蓉にはずいぶんと励まされた。2001年の春に出版した「週末陶芸家になろう!」には、こんなふうに書いている。
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 単身赴任している福岡では、人恋しさも手伝って植物に声をかけるのがクセになった。徒歩通勤の途中で出会う芙蓉(ふよう)の花が好きだ。小川の石垣のすきまに根を張ってがんばっている。初めて見たときには腰ほどの背丈だったものが、今では僕の背丈をこえた。水の上に枝を広げた姿は風格さえ漂わせている。毎年、7月20日ごろに最初の花を咲かせる。薄桃色の端然としたなかに艶(えん)を含んだこの花に出会うと、今年も夏が来たんだと実感する。「あ、咲いたねぇ。今年は涼しい日が続いたから、まだまだだと安心してたんだろう。急に夏が来たからあわてたよなぁ」と、声をかけたりしている。はたからみれば、気の変なおじさんである。通勤の途中で足を止めてスケッチブックを広げたことも何度かある。
 なぜ植物が好きなのかをあらためて考えてみると、その健気さにあるのではないかと思う。植物は、あきらめるということを知らない。石垣のすきまにほんのわずかでも土があれば、そこに希望を託す。盛夏をとっくに過ぎて、もうすぐ霜の季節を迎えようという頃になっても、芙蓉はせっせと蕾を準備している。一人暮らしをしながら、僕は植物にどんなに励まされたことだろう。最近の遺伝子の研究によると、植物の遺伝子と同じものが人にも伝わっているのだそうだ。(以上、「週末陶芸家になろう!」2001年双葉社より)

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  じつは、東京に戻って2年ほどして、出張で福岡に行く機会があった。夜、僕はある企みを胸にホテルを出た。中心部の天神から新川ぞいの道をたどる。いつも通った通勤路だ。川の護岸は一部コンクリートになっていたが、そこは石垣のままで、芙蓉も同じ場所にあった。冬枯れして黒々と枝を広げた芙蓉に、声を掛けた。「折るよ、ちょっと我慢してな・・・」にぶい音がして手に枝が残った。持ち帰って挿し木にするつもりだ。1本ではこころもとない。4本ほど折った記憶がある。ホテルのトイレットペーパーを水で濡らして、枝の折った部分に巻いた。乾燥しないようその部分をポリ袋に差し込んで輪ゴムで巻いた。
 自宅のバケツに水を張って入れて置いたら、梅雨の頃になって内2本が根を出しているのを発見。植木鉢に移してやった。2本とも大きくなって、毎年冬には切り戻すが、夏には僕の背くらいに育つ。鉢植えのせいだろうか、花が遅く、毎年8月が終ろうとするころになって咲き始める。今年、第一号は8月28日に咲いた。



ベランダの四季 1「酔芙蓉(すいふよう)」

個展が終わって、落ちついて我がベランダを見回すと、様々な草花が目に入った。
夏の間、一日も欠かさず水遣りしていたが、ゆっくり眺めたのはひさしぶりだ。
自分が好きな草花を植えたり移植したりしているうちに、ベランダとは思えないほど、
野趣も出てきた。
野趣の出どころはというと、僕が手入れをしないせいも大いにある。もとは何を植えていたのか定かではない、「雑草鉢」と化したものもある。それはそれで風情があって好きだ。
「ベランダの四季」と名付けて、我がマンション7階のベランダで逞しく生きている草花を紹介してゆくことにしよう。
第1回は「酔芙蓉(すいふよう)」


 どこからか綿毛の種子が飛んできて、ベランダの島ラッキョウの鉢に落ちた。
そこで根を伸ばし枝を張ろうと考えたのだから、この酔芙蓉は根性がある。
そう、ベランダには「島ラッキョウ」の鉢があって、新鮮なそれは酢味噌をつけて晩酌の肴になるのだが、それはまた今度紹介しよう。
どうも芙蓉らしいと気がついたときには、5センチほどに育っていた。それが一昨年のこと。
鉢に移したのが去年の冬。大ぶりの鉢に移したのが今年の冬。今年の夏、初めて花をつけた。午後になっても、それほど酔っ払った様子もなく、顔に出にくい性分のようだ。ほんとうに酔芙蓉かどうかちょっと怪しいのだが、しぼんだ花は紅く変わっているので間違いないようだ。
酔芙蓉といえば八重の花だと思い込んでいたが、ネットで調べると一重のものもあった。どこから飛んできたのか知らないが、マンション7階のベランダに落ち着くことに決めたのだから、世話してやるしかないだろう。



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