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プレゼン研究室 月別アーカイブ: 【3月 2010】

白モクレン

 白モクレンが花をつけた。三日ほど前に見つけた。

 ベランダの、池と呼んでいるメダカの住まいに浸しておいた数本の枝の
ひとつにふたつの蕾がふくらんでいて、目にしたときには思わず声をあげた。

 池に枝を浸したのは12月の、たしか初め。
再開発のための遺跡調査がはじまり、
あの白モクレンの樹がある一帯も掘り返されるのかと気になっていた。
下は、去年花をつけたときのようす。

 これほど美しい白モクレンはめったにない。
器の模様のモデルにもなってもらった。

 去年の夏から秋にかけて、何回にもわたって下草が刈られるばかりで、
樹は残すつもりのように思われた。

 そして師走に入った朝、工房に向かう道から見たのは
むざんに引き倒された姿だった。

 「なんの断りもなく・・・」そんなことを口にした覚えがある。
工房に行き、剪定ハサミを持ち出して、枝を数本切った。

 すでに花芽がわずかながらふくらみかけていた。

 それをベランダの池に沈めておいた。

もしや発根するなら鉢に植えてやろうと思った。
花はまったく期待していなかった。

 枝を持ち上げてみても、今のところ根が出ているようすはなく、
ふたまわりほど小ぶりの白モクレンの花は、
冬眠から覚めたメダカが泳ぐ池の上で
春の光をはね返している。



新書の校正

 著者校正が終って、出版社に返送するためクロネコの集配所までひとっ走りして帰ってきたところ。

 そうそう、今週、出版社の上層部会議で本のタイトルが決まるということだった。候補案のまま行くのか、それとも……。
 いずれにしても、タイトルに著者はこだわらないほうがいいと、僕は思っている。本の中身を良くしたいのはもちろんだが、タイトルは出版社の営業戦略を担っているものであり、著者の思いとは別のものだ。このタイトルで出したいと主張して、さっぱり売れなかった場合に、著者には責任の取りようがない。

 校正用の原稿には校正者のチェックがたくさん入っている。僕の書いた「高値の花」の「値」に「嶺?」根?」とチェックが入る。あ、そりゃそうだ!高い山に咲いてる花だから、手に入らないんだ。でも、「高値の花」も手が出ない。最近はやりの青いバラなんか、「高値の花」だよなぁ。などとブツブツ言いながら作業を進める。

 僕はこの「?」マークに、ときどき引っかかる。明らかな誤字にも、正字を入れた横に「?」である。おい、ケンカ売ってんのか、間違いに決まってんだろ! あえて世間で使ってる言葉とは違う言葉をあえて使おうとする大作家じゃあるまいし。「念のためうかがいますが、もしやこの字をお書きになるおつもりだったのではございませんか?いえ、ほんとに念のためなんですが……」
 ひと昔もふた昔も前の女性編集者(あるいは戦前か?)の物腰がどこかに残っているような、「?」なのだ。

 「散りばめる」は、「ちりばめる?」に変えるか、「鏤める?」か、それとも「ママ」で行くかと聞いてくる。え?「散りばめる」は正しくないの? そうかといって「鏤める」は見たことのない字だ。文字の感じからすると、蒔絵などに金箔を散らしたりするときに使う言葉のようだ。僕は、「そうかなぁ、散りばめるでいいと思うけどなぁ」とつぶやきながら、赤のサインペンで「ちりばめる」を丸で囲む。

 それにしても驚いたことがある。どうやら校正者は僕が挙げた参考文献のうち、少なくとも10冊くらいは読み込んでいることが分かったのだ。そのうえで、僕が書いたことに対して矛盾点など指摘する。「?」「念のため」などと当たりは柔らかいが、ストレートのパンチが炸裂する。
 
 中には、「うん、そういう説が一般的なんだが、僕はその説は取らなかったんだ。なぜなら…」ということも、ごくたまにあるが、ほとんどはこちらのミスだ。

 たとえば登場人物の年齢。あまり意識せず、満年齢や数え年が混在していた。それをぜんぶ数え年に直してくれた。戦国時代の武将の誕生日などほとんど調べようがない。生年が分かれば、その時点で何歳だったかが数え年なら分かる。

 そんなチェックが入った文章を校正しながら、出版文化はこういう人たちによって情報の質が維持されてきたことを思った。ウィキペディアは衆智を集めることで運営されるというが、「衆智」だと思っていることのほとんどは、元をたどれば誰かが書き、校正し、出版したものなのだ。



「読み取り革命」の名前はダテじゃなかった

 前回のブログに書いたように、僕の最初の本である「CMプランナーの仕事術」をオフィシャル・ページで公開することにしたわけだが、じつは困った問題があった。

 まだワープロの時代(僕は富士通のオアシスを使っていた)だったために、フロッピーで保管している原稿がパソコンで見られない。見られるソフトを買おうか、それとも街の「パソコンなんでも相談屋さん」に持ち込もうかと思っていたが、いつのまにかそれも忘れていた。

 今回ネットで探してみて、変換ソフトもあるにはあるが1万数千円。変換サービスはと探してみると、富士通でもやっているが、秋田のある会社が格安でやってくれることが分かった。それならと、「CMプランナーの仕事術」と「週末陶芸のすすめ」の二冊をテキスト変換してもらった。メール添付で送って、返信もメール添付。その日のうちにやってくれて、3000円ちょっとだった。

 ところが、思わぬ事態が出来(しゅったい)した。「CM…」の原稿のうち、オアシスで打ったのは半分ほどしかなかった。残りは、どこへ消えた!?それは、こういうことだった。すっかり忘れていたが、半分ほどは「映像新聞」に書いたものだった。それと、あらたに書いたものを1冊にまとめたもの。業界紙「映像新聞」の原稿は手書きしていたことを忘れていた。

 思えば僕は恵まれていた。4年ほど手書きのエッセイを書き、最初の本が出ることが決まってワープロを買った。打つ練習をしながら書いた原稿は、本になることが約束されていた。目標があったから慣れないことも苦にならなかった。三冊目の「週末陶芸家になろう」はノートパソコンで書いた。

 いまでもそうだが、いきなりキイ・ボードで原稿を書くというのができない。このブログはいきなり打っているが、原稿の場合はできない。小さい字でサインペンでメモするように書いてから、パソコンに向かう。清書というのとは違って、メモとはずいぶん違ってくることが多い。それでも、僕はメモが必要だ。メモはたいてい喫茶店で書く。顔見知りでない人たちの中、というのがいちばん気持ちが開放されるような気がする。

 さて、「読み取り革命」。手書き原稿分がごっそり抜け落ちた「CMプランナーの仕事術」。ふと、日本語の読み取りソフトはどうだろう、と思った。ずっと以前に試したことがあったが、正答率5割未満という印象だった。今回、10日間お試し無料のパナソニックの「読み取り革命
Ver14」をダウンロードして使ってみた。
 感動した!僕はアフェリエイトなどというケチなものは利用していないので、本心である。使用実感でいうと、97%くらいの正当率に思えた。まちがって縦のものを横にしてスキャンしたら、文字を読み取るのにエラク悩み始めるのがご愛嬌だった。

 あと1日で、お試し期間が終る。12,800円……悩ましい値段に価格設定がされている。明日もう一日、いろいろスキャンしてから考えよう!



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