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プレゼン研究室 月別アーカイブ: 【1月 2010】

隠れラジオ体操ファン

 隠れラジオ体操ファンである。
博多に単身赴任していたとき以来だから、もう15年近い年季が入っている。どこかに集まって、というのではなく、ただラジオを聴きながらの一人体操。朝体操できなかった日は、なんとなく身体にオイルが回っていないような、淀んだ感じが夕方まで続く。

指導員の紅一点、オカモト・ミカちゃんのファンである。ラジオの声でしか知らないから、オカモトは岡本だろうが、美香ちゃんか、美加ちゃんか、美佳ちゃんか定かではない。それほど若くはなさそうだが、声に底抜けの明るさがある。若くないなら、あの明るさにはなおのこと値打ちがある。

日曜日担当である。「はいっ、いっち にぃ さん しっ・・・」
ミカちゃんの号令に合わせて体操していると、自分が幼稚園児に戻ったようなトキメキ(言葉が違うような気がするが合っているようにも思う)がある。

僕がラジオ体操を始めたころだったと思うが、ミカちゃんではない別の女性が指導していた。声がヒステリックで、なんだか、収容所で女看守に命令されて体操させられているような、妙に反抗心がわく声だった。

それがミカちゃんに代わったときの歓びをご想像いただきたい。収容所から幼稚園へ。女看守からお姉さん先生へ、である。テープにまで録って、1日2本(回ではなく、本と呼びたい)の体操をこなしたりもするようになった。

当初元気一杯にはじけていたミカちゃんだが、どこからかクレームでも来たか、ややおとなし目の号令に変わった。それはそれで落ち着いたいい感じではある。望むらくは一ヶ月に一度くらいは、おもわずこちらがのけぞるような、あの声がひっくり返るチカラいっぱいの号令で、幼稚園児になりきって体操してみたいものである。

(オジサン向けの有料ラジオ体操というのは、事業化できそうな気がする。キイワードは「癒しと健康」。なんとなく風俗のニオイがしないでもないが・・・)



偶然の恵み

 駅前の丸善書店に行った。
あったら買おうと決めていた二冊の本がなかった。その書棚をながめていたら、「日本古典読本」(筑摩書房)が目についた。

万葉集にはじまり、古事記、伊勢・源氏物語、和泉式部・蜻蛉日記、枕草子、徒然草、風姿花伝、奥の細道、本居宣長のもののあはれ論、円朝の牡丹灯篭・・・。明治以前に書かれた90篇ほどから、一部分を抜き出したアンソロジーだ。

僕はこういう本が好きだ。同じ筑摩の本で「高校生のための文章読本」や「高校生のための小説案内」などという本を40代になってから読んだ。前者を読まなかったらモーパッサンの文章に触れることなどなかっただろうし、後者を読まなかったら中沢けいの書くものも知らないままだったろう。

今日買った「日本古典読本」は1988年発行で、現在18刷。どうして今まで、手に取る機会がなかったのかと思うほどで、見かければ買わずにおれなかったはずだ。

偶然出会ういい本、偶然出合ういい文章、というのが好きだ。なにか儲かったような気がする。

このところ調べ物をして書くことが多い。ネットの書店で、タイトルから検討をつけてガバッと買う、いわゆる「大人買い」することが多くなった。でも、ネットでは探している方面の本にしか出会えない。

今日の目当ては日本語関連の本だったから、古典とは直接の関係はない。でも、書棚で見かければ「そう、それが欲しかったんだ!」となって、現に僕は購入した。

「見渡す」とか、「ひととおり見て回る」とかいうことがネットは極端に下手だ。検索の森の奥深くどんどん入って行ってしまう。「欲しい物しか手に入らない」これはネット社会のいちばんの欠点だろう。

僕は電子辞書は使わない。辞書を開いて目当ての言葉の、その周辺の言葉をだらだら読むのが楽しい。「偶然を拒否するものはすべてに拒否される」というのは、誰の言葉だっけ?ついでに言えば、ネットは、誰かがもうすでに知っていることしか教えてくれない。
ともかく、書店に足を運んだせいで、今まで自分から求めて読むことはなかった
昔の人の文章に触れることができる。
しばらくはお風呂の友になりそうだ。ポッチャンしないよう気をつけよう。
(風呂にはたいてい本を持って入ってます。旺文社文庫の「徒然草」が常備本だと、ある人に言ったら笑われた。旺文社文庫は、本文と現代語訳が見開きページで見られるという素晴らしさ。ああいう体裁の文庫をがんばって出し続けて欲しかった。)



冷え込み

 この数日、ぐんと冷え込んで、ベランダの「池」と呼んでいる・・・・
「池」にも氷が張るようになった。
サンダルでそっと踏んでみたら、思いのほか厚く、本気で踏むと、ミシと音がした。
夏には睡蓮が咲き、メダカがスイスイ泳ぐのだが、いまは石の陰に隠れている。

 こんなふうに冷え込んだときに、桜の花芽作りのスイッチが入るのだそうだ。植物学者の書いた本で読んだことがある。暖かくなってスイッチが入ったのでは、開花の季節が遅れてしまう、というのはもっともだ。

でも、暖かい日が続いたときではなくて、冷え込んだ日が続いたときにスイッチが入って、花の準備が始まるというのは、なにか象徴的なことに思える。

冷え込んでいる日本列島です。



こころは折れるもの?

 藤井財務大臣が辞意を表明したと書いた、昨日の朝日新聞朝刊。
社会面の見出しは、「こころが折れた?」夕刊の素粒子でも、「こころが折れた」を使っていた。

 この言い方は、去年のWBCでイチローが「こころが折れそうだった」と言ったのが初出ではなかろうか。こころは、ふんわりしたもの、というイメージが自分の中にあって、
聞きなれない言い回しに、違和感を覚えながらも新鮮な印象をもった。

 折れるなら、硬いものだ。そして「折れそう」というなら、あるていどしなやかで、
それでも限界をこえて持ちこたえられないと感じた、ということだろうか。イチローはこころを、肉体を支える杖のようなものとして認識しているのだろうか。

 いままでになかった日本語の言い回しだと思うのだが、そうだとしたらイチローは新しい日本語表現を生み出してしまったことになる。

イチローが使った意味をはなれて、こわばり、かたくなになっている僕たちのこころにフィットする言い回しなのかもしれない。



明けまして、おめでとうございます。

 明けまして、おめでとうございます。
2010年というのは、数字の並びも良くて、なんとなく良くなりそうな気がします。

 さて、気分を一新して、ブログのサイトをこちらに移しました。しばらくは、慣れないために書き込むのにも手間取りそうですが、すぐスラスラできるでしょう。

今年前半の予定。
■4月に陶芸教室を始める予定で、準備に入りました。
今の工房の一階を教室。2階を書斎と個人の作陶スペースにするつもりです。どう改装するかの打ち合わせの最終段階に入り、今月中には改装に着手できそうです。

■5月に「プレゼンテーション+歴史上の人物」の新書が出る予定。
「これぞ、プレゼンのチカラ!」と言えるサクセスを、歴史の中に取材しました。コミュニケーション、説得力、プレゼン、歴史、などに興味がある人にはお勧め!ひさびさの陶芸以外の本です!
企画から3年越しの本で、まぁ良く資料を読んだこと。江戸初期の資料にもあたりましたが古語ではないものの、中途半端な古さが面白かった。スラスラ読めそうになくせに、つっかえる。
英語の本にもあたったりで、合計すると自分の背の高さに近い資料を読んだのではないかしらん。資料にあたって本を書くという経験がこれまでなかったので、それなりの難しさもあったけれど、ああ面白かったというのが今の感想です。

 自分は勉強するのがもしかしたら好きなのかもしれない。そんなことを、初めて思った作業でありました。前書きとあとがきを残して、ほぼ書き終わりました。

ということで、今年もよろしくお願いします!



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