教室ブログ

教室に入会したいとおしゃってくださったMさん。
年配の男性で、究極の目的はご自分用の骨壷を作りたいとのこと。
洒脱そうなメールの文面から、半分は冗談と受け取ったほうがよさそうだ。

ふと、僕は7年ほど前に書いたものを思い出した。
博報堂生活総合研究所から出している「生活新聞」で、様変わりしたお葬式をとおして現代人のこころの風景を探ったことがある。

題して「お葬式はどこへゆく?」。

企画が通って、その号の記事をすべて一人で担当して書いた。
これがその号の「生活新聞」。

その中にコラムをふたつ書いた。そのひとつが「壷」と題したもの。
PDFの19ページに載っています。
探すのもめんどうかと思うので、この稿の最後に再録しておきます。

老陶芸家に聞いた話としていますが、じつは僕の創作です。
戦争中に青春を送った父母の世代。そんな人たちに、こんなロマンチックな話のひとつも咲かせてあげたいなと思って書いたものです。

Mさん、ご自分の骨壷をつくるのもいいけれど、「私の骨壷をつくって」と異性に言わせようではありませんか!
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「壺」 2003 2/17 生活新聞NO.374 コラムより

 ある高齢の陶芸家が、お酒を相当召し上がったあとに話してくれた物語です。

若いときに縁のあった女性のお墓参りをすることになった。
数年前に女性は亡くなり、遺品の整理をしたところ、たんすの奥の小箱の中に彼からの手紙が仕舞ってあったことから、連絡が入ったという。

お墓参りには、連絡をくれた彼女の長男が同行した。道すがら、母の思い出を話す長男の口ぶりから、生前の彼女の生活は裕福とは云えなくても、幸せと呼んでいいものだったことを知り安堵した。

霊園の中の墓に、持参した花を供え手を合わせた。
「華奢な身体でしたから、骨が少なかったんですよ」と、長男が云った。
「亡くなったら入れて欲しいといっていた骨壷がありましてね。ちょっと小ぶりの花瓶で、それじゃ小さすぎるよと僕らは云っていたんですが、母の骨はちょうどいい具合にその中に納まりました」

あの花瓶だと判った。女学校の卒業のお祝いに、彼が作って贈ったものだ。やがて時代は戦争へと向かい、出征した彼は大陸に送られた。戦争が終わり故郷に戻ったとき、彼女はすでに嫁いでいた。
約束をしたわけでもなく、指に触れたこともなかった。
未熟な時代に作った器の中は、はたして安らかだろうか。陶芸家は器に抱かれて眠る彼女を思ったという。

「器の外側にばかり気を取られてきた人生でしたが、ほんとうに大事なのは内側です。
むしろ内側の何もないところを作るのが、我々の仕事です」
老陶芸家はそう話してくれた。



1件のコメント:「
  1. dakuzaemon さんのコメント

    『「私の骨壷をつくって」と異性に言わせようではありませんか!』・・・
    成る程!さすが見事な”プレゼン”!、こりゃ開講が待ち遠しゅう御座いますな。

    長寿社会とは言い条、なんせ早や七十路を行く我が身の周りのこと、異性同性を問わず「壷」”早期”需用者が多い。なかんずく、今年満百歳を迎えた母親の「壷」をなんとか・・・ふむ、こりゃ早よ腕を磨かにゃ間に合わんわい。

    『「器の外側にばかり気を取られてきた人生でしたが、ほんとうに大事なのは内側です。むしろ内側の何もないところを作るのが、我々の仕事です」老陶芸家はそう話してくれた。』
    う~む!なかなか含蓄あるお言葉じゃが、浅学菲才の凡夫の身にはチト小難しい話。なに、取り合えずは外側、兎にも角にもそとがわ、ソトガワ!・・・先生、あんじょう頼んます。



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