教室ブログ

あの桃の花が咲きました。

工房の西側、コンクリートの床を突き破って生えた桃の木に
今年も真紅の花をつけた。

隣りがまだ畑だったときに、真っ赤な花を咲かせる桃の木があって
大好きだった。
アパートを建てるための測量が始まったが、敷地の端にある樹は残されると思っていた。
ブルドーザーが入って、根こそぎにされたときのやるせなさは、10年近く経った今も覚えている。

それから数年して、落ちていた桃の実から発芽したのだろう、
気づいたときには高さ30センチほどになっていた。

4年前から花が咲くようになった。
まぎれもない、僕が大好きだった真紅の花をつけるあの桃だ。
去年は小さな実をたくさん付けたが、すべて落ちた。

今年は袋をかけてみようかと思っている。

隣りの桃が切り倒されたいきさつは、
「つくる陶磁郎」に連載した「単身赴任・焼きもの扮戦記 21回」に書きました。
以下に再録します。


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単身赴任・焼きもの扮戦記  連載第21回 「となりの木」2002年12/26発行

 電気ノコのうなりや、鋲打ちの音がこうばの中にまで響いてくる。

 隣りの畑の半分ほどがつぶされて、二階建てアパートが建てられようとしているのである。首都圏で農業を続けるのはたいへんだ、とおばさんが言っていたけれど、いきなりブルドーザーが入ったのには驚かされた。

 こうばの敷地と境を接して桃の木が二本あった。樹高は4、5メートほど。桃としては大木と呼んでもいい風格があった。「花は紅(くれない)、柳は緑」というが、桃の花を「紅」と見る中国の古人の感覚が分からなかった。しかし、二本の桃の一方がつける花を見て合点がいった。ほんとうに鮮やかな真紅だった。この桃までが根こそぎにされるとは思わなかった。ブルが入って二、三日してのぞいたら無くなっていた。根を掘ったあとも埋め戻されて、跡形も残っていなかった。現在は内装工事が進行中で、あらためて様子を見ると、桃の木があった所は建物から外れている。残す気があれば残せたのではないだろうか。

 一昨年の夏にこうばに越してきたから、花は二回見た。真っ先に春を知らせてくれた。今年は蕾のときから何枚もスケッチした。桃の木が消えた日に、花からの連想で「華道って、いったいなんだろう」と考えた。

 僕は、草花は「やはり野に置け」と思うほうで、根の付いていない植物の姿を眺めたいと思ったことはなかった。その道の人には笑われそうだが、こんなシーンが浮かんだ。野山で会った花にこころ惹かれて、自分の身近に置きたいと思う。根を付けて持ち帰って庭に植える。花が咲いて、通りがかる人が「きれいですね」という。もっときれいなものにしよう、もっと褒めてくれるものにしよう。花に出会ったときの最初の気持ちを忘れて、他人の目を意識するようになる。肥料を与え、交配し、丹精するうちに野の花は「わたしきれいでしょ」と言いたげな「園芸種」に変貌する。野の花を愛する人は、欲のもとになる根を野に残す。花を切ることで花を生かす。華道というのは、そんなこころのありようではないか。ちょっとセンチになったせいもあって、そんなことを一日ぼんやり考えた。
 アパートの建築現場からは、板の切れ端がたくさん出る。現場監督とおぼしき人に尋ねると、捨てるものだから持って行っていいという。半端な材とはいえ、ロクロ挽きしたものを載せる板には十分だ。捨ててあるのは合板がほとんどで、「お、けっこう安普請してるなぁ。広々した庭さえあれば宮殿風なんだけどな」と勝手なことをつぶやくのだが、合板のほうが一枚板よりもかえっていい。水挽きしたものを載せると、一枚板だと水気を吸って反ってしまう。湯飲みなどを並べると、高台を削るころには持ち運ぶのに危なっかしいほど傾(かし)いでいる。合板は歪まないから好都合なのである。

 そのほかにも、板はいろいろと重宝する。素焼きのあとも釉薬を掛けるまで並べておいたり、削りの時にロクロのまわりに立てかけておけば粘土が飛び散らないから掃除が楽だ。厚さ7、8ミリで幅の狭いものなら、板皿を作るのに使うタタラ板にもってこいだ。最近、鉄パイプでジャングルジムのような乾燥台を作ったから棚になる板ならいくらでも欲しい。とにかく板は多ければ多いほどいいのである。

 このところ早起きが続いている。こうばに到着して、ラジオを点けるとNHKの「ラジオ深夜便」の「こころの時代」が始まるといえば、どのくらい早いか分かる人には分かるだろう。自宅から出るときは真っ暗なので、怖がりの僕は用心のために傘を携(たずさ)える。なるべく頑丈に見えるものを、ということで黒の布の傘が定番になった。歩いて10分ほどのあいだにすれ違うのは一人か二人。若い女性が意外に多い。考えて見れば、雨などしばらく降らず、空には星があるというのに、道の向こうから来る男が長い棒のようなものを持っているというのは、相手のほうがよほど怖いだろう。そう思ってからは、歩いて来る女性が見えると、おもむろに道の端のほうによけるようになった。相手も、反対側に寄る。「よ、朝帰り!」と心の中でエールを送りながら、僕は紳士のすれ違いマナーを守るのである。

 そうしてこうばの鍵を開け、紳士はいそいそと廃材置き場をのぞきに行く。廃材の山から使えそうなのを引っぱり出しながら、姿を消した桃の木が板になって戻ってきたような気がすることがある。



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