教室ブログ

プレゼン研究室 月別アーカイブ: 【7月 2010】

教室に入会したいとおしゃってくださったMさん。
年配の男性で、究極の目的はご自分用の骨壷を作りたいとのこと。
洒脱そうなメールの文面から、半分は冗談と受け取ったほうがよさそうだ。

ふと、僕は7年ほど前に書いたものを思い出した。
博報堂生活総合研究所から出している「生活新聞」で、様変わりしたお葬式をとおして現代人のこころの風景を探ったことがある。

題して「お葬式はどこへゆく?」。

企画が通って、その号の記事をすべて一人で担当して書いた。
これがその号の「生活新聞」。

その中にコラムをふたつ書いた。そのひとつが「壷」と題したもの。
PDFの19ページに載っています。
探すのもめんどうかと思うので、この稿の最後に再録しておきます。

老陶芸家に聞いた話としていますが、じつは僕の創作です。
戦争中に青春を送った父母の世代。そんな人たちに、こんなロマンチックな話のひとつも咲かせてあげたいなと思って書いたものです。

Mさん、ご自分の骨壷をつくるのもいいけれど、「私の骨壷をつくって」と異性に言わせようではありませんか!
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「壺」 2003 2/17 生活新聞NO.374 コラムより

 ある高齢の陶芸家が、お酒を相当召し上がったあとに話してくれた物語です。

若いときに縁のあった女性のお墓参りをすることになった。
数年前に女性は亡くなり、遺品の整理をしたところ、たんすの奥の小箱の中に彼からの手紙が仕舞ってあったことから、連絡が入ったという。

お墓参りには、連絡をくれた彼女の長男が同行した。道すがら、母の思い出を話す長男の口ぶりから、生前の彼女の生活は裕福とは云えなくても、幸せと呼んでいいものだったことを知り安堵した。

霊園の中の墓に、持参した花を供え手を合わせた。
「華奢な身体でしたから、骨が少なかったんですよ」と、長男が云った。
「亡くなったら入れて欲しいといっていた骨壷がありましてね。ちょっと小ぶりの花瓶で、それじゃ小さすぎるよと僕らは云っていたんですが、母の骨はちょうどいい具合にその中に納まりました」

あの花瓶だと判った。女学校の卒業のお祝いに、彼が作って贈ったものだ。やがて時代は戦争へと向かい、出征した彼は大陸に送られた。戦争が終わり故郷に戻ったとき、彼女はすでに嫁いでいた。
約束をしたわけでもなく、指に触れたこともなかった。
未熟な時代に作った器の中は、はたして安らかだろうか。陶芸家は器に抱かれて眠る彼女を思ったという。

「器の外側にばかり気を取られてきた人生でしたが、ほんとうに大事なのは内側です。
むしろ内側の何もないところを作るのが、我々の仕事です」
老陶芸家はそう話してくれた。



ドアにミニポスター

教室に面した道を通る人が、ガラスのドアから中を覗きこんで行くようになった。
気にしてくれているならと、教室のホームページや、僕のホームページから寄せ集めた部品でミニ・ポスターを作った。
内側からドアにセロテープで貼り付けた。

工芸会正会員は、まぁいい。しかし、日本文藝協会会員というのは、いったいなんの足しになるのだ。じっさい、「あなた、敬語がなっていませんよ」なんて言うような、口うるさいジジイがいそうな感じもする。
あ、こんなことを書いたら、ほんとに逆効果になりそうな気もしてきた。これはすこし考えよう。

こんなのも動員してみた。

改装の設計施工をお願いしているAさんが、昨日はいちにち内装工事に立ち会ってくれた。夕方になって、彼が言った。「6組くらいの方が、覗き込んで読まれてましたよ。メガネをはずして見てる人もいらっしゃいました」
はたして、ご近所の人も通ってくれるのかしらん。そうそう、ゴミ置き場でいっしょになってから挨拶するようになった年配のパワフルな女性。
「建物、すっかりきれいになったわねぇ」と道で声を掛けられた。「お教室するのね。私なんかでもできるかしら・・・・」「したことなくてもできますよ、教えますから」「なぁ~んにも知らなくてもできるかしら」「なぁ~んにも知らなくてもできますよ」
そんな会話になった。
ほんとに来てくれるかどうか分からないけど、これまで近所の人との付き合いがなかったから、教室を通してそういうお付き合いが広がるのも楽しみだ。



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